「ふふふっ、なんだ?・・・・・・八つ当たりかよ。」
その言葉に二人は怒りを露わにした。玲斗が怒号する前に、猫又の後ろから誰かが飛びかかった。
『鳥河疾風 巴千鳥(ちょうかしっぷう ともえちどり)』
疾風がその場を駆け抜けて、何羽もの風の鳥が猫又を斬りつけた。思わずその衝撃に膝をついた猫又は振り返る。少し距離をとって着地したのは、二つ結びの髪が揺れる少女 ——— 風花だった。険しい顔で彼女は静かに言った。
「八つ当たりじゃない、家族を思う気持ちよ!」
そう言って構え直す風花を見て、猫又はニヤリと笑った。裂傷だらけの体を起こすと、嘲笑ったように言った。
「家族?壊れて無くなるだけの脆い関係がなんだっていうんだ?君だって、君たちだって本当はそうだろう?そうなんだろう?」
その言葉にグッと怒りが込み上げてくる三人は、猫又の背後から誰かが背を蹴り上げるのを見た。間髪入れずに襲ってきた鋭い痛みと強力な突きに、なすことなく吹き飛ばされた猫又は長いローブが翻るのを視界の端で捉えた。
「・・・・・・家族も仲間も大切なもの、尊きもの。バカにする奴は許さない。」
短くそれだけを言ったのは、長いローブを翻して玲斗たちの目の前に立つ琴葉だ。フードの内に隠された瞳は冷静だが鋭く、虎の目を見ているようにも感じる。静かな視線で吹き飛ぶ彼を見た彼女は、不意に姿を消した。
『幻花術 花吹雪(げんかじゅつ はなふぶき)』
静かな声で唱えられた言葉を誰もが耳にした時には、彼女の足は猫又の落下地点から数メートル離れた所に降りていた。「何が起こった」と猫又が思ったその時、その肩から脇腹にかけて深い切り傷がついて血が一気に飛び散った。
「くっ、・・・・・・『乱れ切り 八方柱』!」
痛みを堪えながら猫又が地に足が着いた途端、四方八方に爪の攻撃が迸った。間一髪で避け続ける三人に対して、琴葉は軽々と飛び上がって向かってきた爪の攻撃の柱に刃をきらめかした。
『幻花術 藤壺(ふじつば)』
自分の方向に向かってきた爪の攻撃を包み込むように藤の太い蔦が伸び上がる。包んで大きな球状になると、花を咲かせて花びらと共に攻撃まで散っていった。それを見た風花は『嵐剣 疾風』を構え直すと、襲う爪の攻撃を見据えた。
『鳥河疾風 台風の目(たいふうのめ)」
その瞬間、暴風が襲ってきて琉斗・玲斗は踏ん張って耐え、琴葉はフードを抑えながら彼女の放った技を見ていた。彼女を中心に風が渦を巻き、全ての爪の攻撃を飲み込んでは次々と破壊した。殺傷力と吸引力が凄まじい技だ。
「ふふん、どんなもんよ。」
颯爽と降りてきた風花が自慢げにふんぞり返って鼻を鳴らすので、琉斗と玲斗は同時に吹き出し、琴葉もゆっくり表情を崩して笑った。風花はそれにムッとしたようだったが、しばらくして朗らかに笑った。
少しの間笑い声が草原に響き渡っていたが、地を踏む足音が聞こえると同時にピタリとやんだ。負傷をしているがまだ奴は立っている。
「憎い、憎い、お前ら全員憎い。神獣剣士が憎い、国家が憎い、王が憎い、全てが憎い!我が心身共々傷つけたのは、お前らだけだ。・・・・・・お前ら全員切り刻んでやるううううううっ!」
「あら、おあいにくさま。私だってあんたが憎い。お父様とお母様をあんな風にして傷つけたやつを、私は一生許す気はないわ。あなたを私がここで皆さんと共に討ってみせる。」
その風花の言葉に頷くように、それぞれが刀を構え直した。
その瞬間四人の霊力が爆発して凄まじい勢いで彼らを包み込んだ。燃え上がる霊力が四人の力を強化しているようだ。
「行くよ、琴葉!」
「・・・・・・ええ、これで終わらせます。」
互いに頷き合って駆け出した二人を見据えながら、琉斗と玲斗は同時に構えた。
「いけるか、玲斗。」
「はい、いつ何時でも。」
その言葉と共に二人の霊力が徐々に形を変化させて、二対の龍に姿を変えた。高らかに咆哮した龍たちはゆっくりと狙いを定めた。二人は背中合わせで二つの刃を交差させると、風花と琴葉に狙いを定めている猫又を睨んだ。
『双龍千磐 雲霞(そうりゅうせんばん くもがすみ)』
二匹の龍は大地の中を泳ぎながら厚い雲を生み出していく。やがて駆けている風花たちに追いつき、あっという間に飲み込んで見えなくしてしまった。雲は猫又の周りを包み込んでいき、彼の辺りは何も見えなくなった。
二対の竜は天高く飛び上がると、猫又めがけて急降下していく。それに気がついた猫又は、闇のオーラで結界を張り巡らす。しかし、龍たちの勢いを止められず、結界は破壊され水龍の水柱に閉じ込められて氷龍の吐息でそれは凍りついた。
猫又は壊そうと闇のオーラを大爆発させて、内側から少しずつ氷柱を壊していく。琉斗と玲斗は力を使い果たして地に膝をついていたが、互いに支え合ってその様子を見ている。でも、厚い雲によってその姿は猫又には見えてない。
「うおおおおおおおっ!」
バキンと鋭い音がして、氷柱が粉々に砕け散った。その瞬間、紫色の炎が猫又を包み込んだのを、感の良い玲斗が気がついた。唇を強く噛み締めた玲斗の様子で何事かを気がついた琉斗は、猫又の姿が徐々に変貌していく所を見てしまった。
白い髪が長く伸び始めて猫耳が鋭く尖り、目は細くなって赤くなり全身が毛で覆われた。手を地について獣のような唸り声をあげた化け物の姿が、跪く二人の目にはっきりと映った。変貌して本当の姿を露わにした猫又に唖然とその様子を見ていた二人は、猫又が大地を蹴りあげたのをハッキリ見て、慌てて刀を構え直す。
雲を抜けようとしてか、先程よりも素早い動きで走り続ける彼は、だいぶ焦りを見せていた。そのため周囲を読むことが劣ってしまっていた。
四方八方に走り抜ける獣姿の猫又を上空から見つけ出したのは琴葉だった。変貌したのにはあんまり驚いていないようで、ちょっと厄介そうな目線で見ながら同じく飛び上がって敵を探す風花に言った。
「・・・・・・風花、いたよ。」
「へ?ど、どこどこ?」
キョロキョロあっちこっちと視線を彷徨わす彼女に、クスッと笑った琴葉が獣姿の猫又を指で指し示すと、その姿に驚愕したような表情で琴葉と猫又を見比べた。
「あれがそうなの⁉︎全く見た目変わってるし、雰囲気変わってない?」
「見た目は獣化したからでしょ。・・・・・・でも、確かに纏ってる空気が重くなってる。」
「マジですか。う〜、これいけるかな。」
その言葉を聞いた琴葉は、気を引き締めて刀を構えると静かに言った。
「『いけるか』じゃないよ、『できなきゃダメ』なの。ここで負けてどうするの?」
鋭くもいつもの辛辣さよりも柔らかい言葉に風花もハッとしたように頷くと、剣を構え直して鋭く言い返した。
「ごめん、つい弱気になった。・・・・・・でも、今度は外さない!」
そう言うと剣から凄まじい魔力が包み込んで、厚雲がその魔力の暴風に煽られて波打っている。それでも、猫又は気がついていないようだった。ローブが煽られるのを感じながらフードを下ろした琴葉は、銀髪が綺麗に旗めくのをそのままに急降下した。それを風花の作り出した風が彼女の全身を包み込んで、さらに急降下のスピードをあげた。
ようやくそこで上から落下してくる人の姿を発見した猫又は、闇のオーラを全開にして迎え撃つが、琴葉にとってはどうでもよかった。愛刀をしっかり握り締めると、目を鋭く光らせる。その間に風花は厚雲を暴風で掻き混ぜて、猫又の動ける範囲を少しずつ狭めていく。そして、猫又が完全に身動きが取れなくなった時、琴葉は刀をかざした。
『花鳥風月 鏡月雲河(かちょうふうげつ きょうげつうんが)』
猫又は長く伸びた爪で琴葉の刀を防ごうとするが、肩までザックリへし折られてしまった。地に降り立った勢いのままで振り返った瞬間をとって、背中を縦横無尽に斬りつけた。猫又の意識が琴葉に逸れた機会を間にとって、風花が勢いよく降りてきて首元を狙って刃を振るった。
固くなっているはずの首は、風花の風の魔力の勢いでいとも簡単に破られて勢いよく血飛沫と首が舞った。ドサっと言う音と共に転がっていった首は、晴れ晴れした空を見上げるような格好でやっと止まった。
しばらくして猫又の体は徐々に光に包まれながら消滅していったが、転がった首はやり残したことがあるのか残ったままでいた。猫又は空を見上げながら、近くに歩み寄ってきた風花と琴葉の気配を感じて話し始める。
「・・・・・・俺、何してるんだろう。こんなことしても意味ないの、分かってたのに。」
「あなたは許されない。誰もがそう思ってる。」
思わずキツイ口調でそう言った風花に、そっと寄り添いながらも宥める琴葉は後ろから歩み寄る気配を感じて振り返るが、誰だか分かると何事もなかったように視線を猫又に戻した。歩み寄った人は風花の肩に手を置いて言った。
「・・・・・・風花、君の言い分もわかるけど、今は彼の話を聞いてあげよう。」
のんびりと琉斗がそう言うと、琴葉の後ろに立つ玲斗も頷いた。その間にもぼんやりとした様子でで空を見る猫又から言葉は紡がれていたので、剣士たちは耳を傾けた。
「兄さん、ごめん。俺、兄さんの言う通りに俺はできなかったよ。俺は人をいっぱい傷つけたし、いっぱい殺してしまった。兄さんを殺した『人間』のように俺はなってしまった。兄さんの望んでいた理想の『妖』には、俺はなれなかったよ。・・・・・・ごめん、兄さん。」
それだけを言い残すと、猫又の首は体と同じく光に包まれてゆっくりと消滅していった。その光の粒子がどこから吹いてきた風に飛ばされていくのを、四人は静かに見守っていた。
「彼も昔は家族思いの心優しい妖だったのだな。」
「そのようですね。家族を失って、その相手をものすごく恨んでいたのでしょう。」
ポツリと琉斗と玲斗がそう言って顔を見合わせると、琴葉も頷いてくれる。風花は静かに天を見上げて言った。
「・・・・・・あいつはあいつなりの理由があったのね。」
それぞれが天を見上げるとしんみりした空気を打ち払うように、
風が草原内に吹き込んで洗い流していった。