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 とある時空の世界には、歴史ある能力者の家柄が多く存在した。
 その中でも強い権力を持つ家は、王家以外は存在していない。

 強いて言うなら『双力』の家柄だった。
 『双力』はその名の通り、二つの力を持つ者、その家系では当たり前のような存在だった。
 ——— そんな家系に、彼のような無能力者が生まれてくるまでは。


 雪が溶け始めた時期、『双力』の家系「滝川家」に双子が生まれた。
 新たな力の主の子供が二人も誕生したことにより、家中が歓喜で満ち溢れた。
 二人はそれぞれ「琉斗」「玲斗」と名付けられた。
 「琉斗」には水のように清らかな心を持つ子になってほしい、
 「玲斗」は氷のように何もかも受け入れる冷静さを持つ子になってほしいと、
 二人の父親は穏やかに言った。

 やがて兄の琉斗は『双力』の片割れである『水』の力を持ち、次期当主として期待をいっぱい受け取っていたが、弟の玲斗は力を持たない無能力者だった。玲斗は毎日のように「兄のようになりたかった、力が欲しかった。」と落ち込んでしまい、父は勿論使用人たちも心配した。「いつか必ず神はきっと力をくださるだろう。」と、そう口にするしか彼を励ます方法などなかった。

 二人の母親は出産後に亡くなり、父親は死による悲しみから、彼女の喪が開けた直後に新たな妻を娶った。次の妻は前妻の妹でとても傲慢で気高く、その性格上、夫から「妻」として見られていなかった。それもあっていつも癇癪を起こしては使用人たちを困らせていた。特に実姉が産んだ双子を忌み嫌っていて、自分の実の子供が生まれると、一層八つ当たりが激しくなって、二人はいつも傷だらけでボロボロだった。極め付けは玲斗が無能力者であることを皮肉った挙句、彼を冷遇して罵っていた。食事も与えられず、服を買ってもらうこともなく、自分の部屋からも追い出された。その日以降彼は一人孤独に生きることとなった。 ——— あの事件が起きるまでは。


 ある日、玲斗は家の敷地の端にある大蔵の地下にいた。そこが唯一の彼の居場所で、後妻が忌み嫌っている場所でもあった。後妻が来ることは滅多にないため、玲斗が無事に過ごせるように父が整えてくれて、父や兄なども後妻の目が届かない時にこっそり様子を見に来てくれていた。

 玲斗はこの広い地下で、一人のんびりと暮らしていた。天井近くの壁に空気口があるので普通の空気は吸えるし、生活に必要なものは一通り揃っている。さらにここには囲炉裏があるので、食材があれば料理もそこそこ作れる。その煙は特殊な術で霧散するので、誰もが気味悪い蔵に誰かが住んでいるなんて考えもしないだろう。彼にとって自由で幸せで、毎日快適な生活だった。

 だが、一つ寂しいことがある。父や兄が最近になって、自分を見に来てくれる回数が少なくなっていた事だった。兄の琉斗は次期当主になるために日々修行を行っていて来れること自体が少ないし、父も最近は業務などで忙しくて会うことも極端に少なくなった。父はそのことを見越して、随分前から彼に専用の従者をつけてくれた。万が一、彼に何かあった時に役にたつ優秀な従者を。

 「・・・・・・玲斗様、入ってもよろしいでしょうか?」

 一人ぼんやりと考え事にふけていた玲斗は、自分を呼ぶ大人しい声で思考から舞い戻ってきた。木箱で作ってある寝床兼座卓の場所(今後からは『木箱』)から飛び起きると、身だしなみを整えながら慌てて言った。

 「・・・・・・琴葉、大丈夫だ。君以外は最近来ないのだから、早く入ってくれ。」

 「承知いたしました。」

 その声と共に地上に唯一繋がる扉が開いて、誰かが入ってきた。その人が扉を潜り抜けると、勝手に閉まって鍵がかかった。この扉には知る人しか解くことのできない高度な魔術がかかっており、その扉を開けられる者は彼の父親と兄とこの人だけだ。足首まで隠れるローブにフードを目深に被った誰かは木箱に腰掛ける玲斗に向かって一礼すると、おもむろにフードを下ろした。すると、ふんわりと甘い花の香りがして、隠されていた顔と髪が顕になった。

 僅かに空気口から差し込む光に煌めく、この世界では見たことないほどの美しく長い銀髪。その髪を後ろで一つに結い上げ、顔は玲斗自身も認める美形で小顔。その容姿は幼く見える少女だが、その年齢を感じさせないほど鋭利で冷ややかな灰色の目が無愛想な彼女によく似合う。

 彼女の名は、花蝶 琴葉。十になったばかりで、屋敷に来たのもまだ日が浅い。しかし、隠者のような気配や能力を持ち、少女らしからぬ知識や実力があるらしい。父が前の遠征途中に立ち寄った農家の養子として住んでいたのを、その容姿と才能を見越して引き取ったらしい。それから数ヶ月間下積みで使用人として働いていたが、二ヶ月前くらいに玲斗専属の従者として格上げされた優秀な少女だ。

 玲斗自身も彼女を気に入って、自ら料理を振舞ったり、彼女に教師となってもらって勉強をしたりしている。彼も兄並みの才能は持ち合わせているので、彼女に「玲斗様は勉学・武術共に、旦那様や琉斗様に匹敵するほどの実力があります。・・・・・・弟君の晶斗様は劣ってる点が多いのに、なぜあれほど奥方様は押しているのかが理解することができません。」とまで言われた程だ。(最後は皮肉のようにも聞こえたけど。)

 さて話を戻そう。
 彼女はローブの内側から野菜や果物などぎっしり詰まった籠を取り出して玲斗に差し出すと言った。

 「・・・・・・旦那様からの今週分の差し入れです。そして、琉斗様から極秘で手紙をいただいているのですが、今お読みになりますか?」

 「兄上が文を?・・・・・・一体何が書かれてるのか楽しみだ。」

 そう言って籠を受け取った彼は立ち上がって、部屋の隅に置いてある『冷蔵魔蔵庫』に歩み寄った。『冷蔵魔蔵庫』は現代でいう冷蔵庫なのだが、普通のとは少し違う。普通、地下は電気が通ってないと電化製品は使えないのだが、この『冷蔵魔蔵庫』は魔力だけで動く大型魔道具といってもいいだろう。
その上、冷凍・冷蔵もしっかりしているので便利だ。壊れても魔石(魔力が籠った石)部分を変えればいいので、直すのも簡単で庶民にもかなり役立っている。

 玲斗は籠に入っていたものを『冷蔵魔蔵庫』(今後からは『冷蔵庫』)に全部入れると、琴葉の方に振り返って片手を差し出した。その行動が理解できなかったのか、彼女はキョトンとしている(表情は変わらないが)ので、玲斗は体ごと振り返ると差し出す手をそのままに言った。

 「ごめん、兄上の手紙を渡してくれって意味だったんだけど。」

 その言葉に無言で頷いた彼女は、懐から丁寧に四つ折りされた紙を取り出して彼に手渡した。手紙を受け取った玲斗は、開いて内容をざっと目で通した。読み進めていくうちに彼の表情はみるみる表情が曇っていった。そして、遂にはそれを綺麗に戻すと、琴葉に手紙を受け取らせて不満そうな表情で木箱の上に座った。キョトンとした(表情は無愛想なまま)彼女は、受け取った手紙をゆっくりと開いて黙読した。

 内容はこうだ。
 『やあ、玲斗。随分会ってないけど、元気にしているかい?
  僕は毎日稽古や勉強で大変だけど、そこそこ頑張っているよ。
  父上も御前に振り回されているけど、今のところ何も言ってないから安心して。
  あと、父上も「今度会いにいく」って言ってたから不安になりすぎるなよ。
  何かあっても琴葉がいるし、僕や父上だってお前の味方だ。

  さて、今回内密でこの手紙を送ったのには訳がある。
  義弟の晶斗と御前についてだ。御前はやはり玲斗が出ていったと思い込んでいるようだ。
  玲斗を排除したのを良い気にして、僕まで後継の座から追い出そうとしているようでもある。
  晶斗は確かに『水』の能力持ちだが、能力に対して勉学・礼儀・体力は比例してないらしい。
  (これは僕の師匠から聞いただけだから、どこまで本当かはよく分かんないけどね。)

  御前も野心的だから注意してるけど、一番問題なのは今まで無関心だったはずの晶斗だ。
  最近、だらけていた勉学を真面目に取り組み始めたという噂を使用人たちの口から聞いた。
  そして、僕に対してかなり攻撃的な口調になったのも疑わしい。
  多分、御前に唆されて、真面目に当主になろうと考え始めたのかもしれない。
  晶斗は御前に甘えているところがある。
  御前に頼めば何でも解決すると思っているのが丸わかりだ。
  そこを御前は利用して、晶斗を後継にして僕も追い出そうとしている動きをするかもしれない。

  現状では一切動いてないけど、これはこの家にとっても父上の威厳にとっても危機的事態だ。
  父上には話してあるし、師匠にも様子見してもらっていて、無対策ではないから安心して。
  でも、もし僕が追い出されたら、玲斗自身もかなり危険な状況になるから気をつけてね。

  僕だって無力じゃないんだ。とことん自分の不安要素は取り除く覚悟はある。
  玲斗も、琴葉を通じて何かしら力を貸してくれ。
  ・・・・・・本当にごめん、長々と。本当に何かあったら連絡してくれ。
  ではまた次の手紙で会おう。          琉斗』

 琴葉は読み終えると静かに手紙を閉じて、木箱に座って彼女の様子を見ていた玲斗に視線を向けた。彼は深いため息を吐くと、不機嫌そうな声で言った。

 「兄上が不穏な御前の動きを察知して、知らせてきた。今回は、家族を巻き込んでの大事になりそうな気がする。御前もそうだけど、晶斗の行動もなんだか怪しいところが多すぎる。それを踏まえて、琴葉、お願いがあるんだけど・・・・・・。」

 「・・・・・・お願いとは、なんでしょうか?」

 「・・・・・・兄上を守って欲しいんだ。」

 「琉斗様を、ですか?」

 キョトンとした琴葉に難しい顔で頷いた玲斗は、自分の手を軽く握ると申し訳なさそうに俯いた。

 「僕はここから動けないし、できたとしても御前に気づかれる。なら、使用人見習いだった琴葉なら、気づかれることないし、怪しまれることもない。兄上に新たな厄介者が付いたとしか思われないよ。」

 そう言って表情を曇らせる玲斗に、琴葉の滅多に動かない表情が少し驚いたような表情になった。しかし、すぐに元の無表情に戻ると、静かだけどハッキリとした声で言った。

 「いえ、私ではなく、玲斗様が動くのがいいかと。」