「おっ、新顔じゃーん。私は吉子。君は――」

「あー、もう。またぼさっと突っ立って。やーちゃん、入っといでよ。あの子はね、闇子ちゃん。やーちゃんね」

おはぎさんが手招きした吉子さんの後ろに静かに佇んでいた、腰までの黒髪に黒いワンピースの小柄な女性が「おじゃまします」と呟きながら、四席ある一番奥のテーブル席にちょこんと腰を下ろす。

「この子は優希君。ほら、もう絡むの止めな」

僕の首に腕を回していた吉子さんが「はいはい」と不服そうに口を尖らせて、闇子さんののテーブルに戻った。

白いTシャツ越しの豊かな胸が腕に当たっていたせいで、必要以上に緊張していた僕の脇は大洪水で更に身を縮める羽目になったのは内緒だ。

「はいよ、お待たせ。食べれるだけ食べな」

その言葉は僕のその後を予見しての事だったのだろうか。
調子に乗ったのが運の尽きだった。

「おいおい、大丈夫かあ」

ぽんさんが隣でタオルタオルと慌てた口調で言いながら、ズボンのポケットから出したハンカチを取り出して席を立った。

「ほら、気にしなさんな。大丈夫だよ」

キッチンから出てきたおはぎさんが、手早くタオルで僕の吐しゃ物を片付けていく。

「私のせいだ。私が来たから、優希君が苦しんでる」

今にも泣きだしそうな闇子さんの掠れ声が後ろから聞こえてきたかと思うと

「何言ってんの。そんな訳ないでしょ。やめなさいって」

叱るように、吉子さんがぴしゃりと言う。

「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」

言いながら、こみ上げてきた涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになって、ふらふらの足取りで店を出ようと長椅子に手を着きながら入り口へと向かう。

最悪だ。
初対面の人たちにとんでもない醜態を晒してしまった。

「まだ無理だよ。あとで送ってあげるから」

おはぎさんの優しい声色が白く薄れる意識の中で水の波紋のように広がっていく。

口元を拭いているのは、ぽんさんのハンカチだろうか。
水で湿らせてくれたらしいそれはとても気持ちよくて、ぼやけた視界で最後に見えたのは、引き戸の向こうで灯る提灯の明かりと、僕を心配そうに覗き込む首に金色の鈴を付けた招き猫とタヌキの姿、その後ろには白と黒の人型のシルエットだった。