店から一直線に五分ほど進んだあたりから、民家に人の気配が感じられなくなってきてつい不安がよぎった頃。

「鳥居……? 神社でもあるのか」

突然現れた古ぼけた鳥居に、不安がむくむくと膨れ上がってやっぱり戻ろうかと思って、ふと足元に目を向けると薄い木でできた立て看板があった。

【黒猫番地はこちら】

文字の下の矢印が鳥居の向こうを指し、小さな文字で後付けしたように【とりあえず、行ってみ】と妙に馴れ馴れしい言葉が書かれ、その隣には黒猫がしなやかな足取りで歩いているイラストだ。

「黒猫番地って……」

あまりに非現実的な状況に、そのまま来た道を戻ろうとして、やっぱり鳥居に向かい直した。気になる。
鳥居をくぐったその先の道は更に道幅が細くなり、コの字に続いていた。

「みゃあ」

「うおっ!」

静かな通りにいきなり降って来た猫の甘えた声に飛び上がってしまう。ちょうど真横の民家の屋根から黒猫がこちらを見下ろし、ひょいと目の前に降り立つと、着いてこいとでも言うように一瞥した。

猫について二分ほど歩いたところで、ぴたりと猫が足を止めて僕を見上げた。

「うにゃあ」

ここだよ、と言っているのだろうか。
夜の暗い路地に、ほんのりと光を滲ませる一軒の店があった。

こんな遅い時間に空いている店だ。居酒屋だろうかと、酒の飲めない僕は一瞬躊躇ったがどうやら違うらしい。
なにやらわぁわぁと楽し気な笑い声が漏れるその店の暖簾には、でかでかと食堂と書かれていた。

【食堂 おはぎ】

赤い暖簾と、赤い提灯。暖簾の空きスペースには、ぼってりとした太った招き猫の絵が愛嬌を振りまいている。
台所だろうか。入口横の隙間が開いた小窓から、甘辛い良い匂いが漂ってきて、僕の手は無意識に引き戸に掛けられていた。