「優希君にはね、今夜は少し肌寒いしたまご雑炊を作っといたんだよ。ちゃんと具沢山にしてあるからね。栄養はあるけど、さらっと食べられて良いんじゃないかと思ったんだ。食べられそうかい?」

「で、でも僕は……」

こうして流されるがままにカウンターの長椅子に座っているが、どんな顔をしていれば良いと言うのだろう。

「食べときな。おはぎさんの料理は何食べても美味いから」

隣で葉山さんが早速熱燗を煽り始めていた。

「あんた、いつまでその格好でいるんだい」

「ん? あぁ忘れてた」

お猪口を置いて、胸ポケットから艶のある葉を取り出して口に咥えて何やら唱えだしたと思うと、小さな爆発音と共に白い煙が上がって、後ろのテーブル席にいた吉子さんが「それ外でやってよねぇ」と煙たそうに顔をしかめた。

「え……? いや、えっと……」

「ふふん。俺の変化も中々だろう。関西弁モードも上達したもんだぁ」

葉山さん――ではなく、どこから見てもタヌキ顔、と言うかタヌキそのままの顔が得意げに鼻をひくつかせた。

「何言ってんの、ぽんさん。その中年腹、作業着で隠してるつもりか知らないけど、あたしにはバレバレだよ」

「ぽ、ぽんさん?」

声をひっくり返らせながら訊ねると、隣でお猪口を手にするタヌキ頭が「まだまだ化かせるって事だなぁ」と嬉しそうに左の眉を上げた。

ぽんさんの話によると、この店に来た日に僕の前で爆睡していたスカジャンの男性もぽんさんの変化だったらしい。
あっけにとられる僕を見ながら、ぽんさんが愉快そうに笑う。

「優希殿、私もおります」

聞き覚えのある早口の甲高い声に足元を見まわして――吉子さんと闇子さんのテーブルの下からするりと出てきたのは

「ちゅう、さん」

ねずみの紳士、ちゅうさんが「覚えていただけて光栄です」と、シルクハットを胸に抱いて丁寧にお辞儀してみせた。