相変わらず田舎の駅前ロータリーは、まだ九時前と言えど、まばらにしか人がいない。オフィス街の終電間際くらいの人通りじゃないだろうか。

ロータリーを抜けて二手に分かれた道で別れを告げ、僕は商店街とは反対側の山の手へと向かおうとすると「ちょーい待って」とまるで熊みたいな肉厚で体毛の濃い手で掴まれた。

「どうせあそこで人生の時間終わらせるつもりやったんなら、ちょっとだけええやろ?」

「え、いや僕は――」

振り払おうとするも虚しく、強引に「ほら行こか」と白い歯を見せてにっかりと笑う葉山さんの太い腕は微動だにしない。

そのまま引き摺られるように商店街へ続くゆるやかな坂道を、小走りで着いていくしかなかった。

商店街を抜け、あっと言う間にあじさい通りへと入る。喫茶店は今日は休みらしい。カーテンは隙間なく閉められ、真っ暗な佇まいが、今の僕の不安を大きくさせてしまう。

「葉山さん、こっちはお店も殆ど無いですよ」

「なに言うてんねん」

迷うことなく突き進み、やがて細く薄暗い路地裏に赤い鳥居が現れる。

みゃおう

ふがあ

二匹の黒猫が変わりばんこに葉山さんを見上げて甘え、唸る。

「あぁ、着いた着いた。おはぎさん、連れてきたでぇ」

【食堂 おはぎ】

暖簾の前で踏ん張って必死に抵抗する僕の背中を、ちょんと小突いたのは前回と同じ黒ずくめの闇子さんだ。

黒髪に黒いワンピースに、今夜は黒いチューリップハットまでかぶっている。

「あら、やーちゃんも来たねぇ。いらっしゃい。吉子ちゃんがもうすっかりできあがっちゃってね」

何やら一気に立ち上った白い湯気で霞んでいるおはぎさんが、がははと笑った。

「入って」

闇子さんが、もう一度僕の背中を指先で突く。
 
切り揃えられた前髪の下の光の無い瞳で短く急かされ、うっかり足を踏み入れてしまった。