「ご迷惑をおかけしました」

「ええねん、ほら、無事やったんやし。そんな頭下げんとって、気ぃつかうわ。とりあえず次の電車乗ろう、な」

一時的には周囲の視線が集まっていたものの、大丈夫だとわかると、みんな視線は手元のスマホに戻る。
もしかしたら今目の前で起こったことをSNSに上げている人もいるのだろうか。
気付かないうちに写真を撮って、モザイクも無しにネット上にばら撒かれていたりして。

会社の人に見られたらどうしよう。

そんな事に今更恐怖を感じて、一気に血の気が引いていく。

呆然と立ち尽くす僕の隣で、ペットボトル二本を自販機の取り出し口から取り出した。

「とりあえず、ほら。これ飲み。俺は葉山」

灰色の作業着の胸元にある苗字と同じ【葉山工務店】の刺繍を見せながら麦茶を手渡され、やがてやって来た電車にふたりで乗り込んだ。
 
帰宅ラッシュの電車でも、主要の駅を過ぎるとどんどんと乗客がホームに流れ出ていく。

ようやく空いた席に並んで座り、終点まであと四駅ともなると車両内には僕たちを入れて六人になっていた。

「僕はもう大丈夫なので。電車、降りてくださいね」

さっきから一向に降りようとしない葉山さんは「ええねん、ええねん」と空のペットボトルを手元で回しながら答えた。

「でも……」

「俺もツバメが丘で降りるから。君と一緒や」