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あの柳原隼瀬が死んだ。死因は病死。昨日、俺と梨花と隼瀬で文化祭を回ったのが最期だった。きっと、相当具合が悪いのを隠して文化祭へ来たのだろう。
「柊羽、隼瀬くんのお母さんから電話よ」
「え、電話?」
振替休日の日の朝、俺が一階へ降りると俺の母親が電話機の前で立っていた。
「はい、もしもし。柊羽です」
『柊羽くん?よかった、繋がって⋯⋯あのね、落ち着いて聞いてね。』
「は、はい⋯⋯」
『隼瀬が、昨日の夜に亡くなったの』
「は⋯⋯?」
俺は思わず声が出なかった。おばさんの声も少し震えているように感じた。
『最期に、柊羽くんと話せてよかったって。梨花ちゃんとも出会えて嬉しかったって。』
おばさんはそう言いながら泣いていた。俺も気がついたら目から涙が零れていた。
「あの、今すぐ行っていいですか。梨花も呼んで」
『ええ、そうしてくれると嬉しいわ』
「すぐ向かいます」
俺は電話を切って、自分の携帯で梨花に電話をする。
『もしもし、柊羽くん?どうしたの?』
「ごめんな、朝から。落ち着いて聞いて欲しい」
『え?う、うん...』
「隼瀬が、昨夜亡くなった」
『えっ⋯⋯?』
梨花の声すら聞こえなかったが、鼻をすする音は聞こえた。きっと、梨花も泣いているんだろう。
「だから、病院へ行きたいんだ。詳しいことは俺もよく知らない。迎えに行くから、準備して待っとけ」
『わ、わかった⋯⋯』
電話を切り、俺も準備があまりなっていないが着替えて寝癖を直し、玄関を出た。
梨花の家に着いた時、俺はチャイムを押した。殆ど、チャイムが鳴ったのと同時に梨花が出てきた。
「すぐ行きましょう」
梨花の奥には母親もおり、どうやら病院まで送ってくれるようだった。
「乗って、柊羽くん」
「お願いします」
車に乗り込み、病院へ向かう。俺も梨花も、ずっとそわそわしていたと思う。
「着いたわ。迎えはまた連絡してちょうだい」
「わかった、ありがとう」
「ありがとうございます」
車をおりて、すぐ病院の受付で事情を話して部屋へ案内してもらった。
「はや、せ⋯⋯」
ここまで涙を我慢してきたが、亡くなった隼瀬を目の前にするとどうしても泣いてしまった。なんとも十六歳という若さでこの世を去った。どうしても心残りと言うものはあるだろうけれど、隼瀬の顔は満足したような顔をしていた。俺の心の中では、その顔だけでも安心してしまった。部屋の奥では、隼瀬の両親と隼瀬の姉が泣いていた。
「ごめんね、柊羽くん、梨花ちゃん⋯⋯」
なにがごめんなのか分からない。でも、俺達も喋る余裕がなくてただひたすらに泣いた。
「あー、泣いた⋯⋯梨花、大丈夫か?」
やっと落ち着いた頃、俺は梨花に話しかけた。
「ごめ、ごめんね⋯⋯」
梨花はまだ泣いていた。俺よりも関わっていた期間が短いのに、こんなにも泣いてくれる人と出会えたとは。隼瀬は、きっとあいつが思っている以上に出会いに恵まれていると思う。
「いーや。大丈夫だから。」
俺は立ち上がって、その場を去った。きっと、一人にした方がよさそうだったから。俺は近くの自販機で暖かいココアを買った。
「梨花、これ」
梨花の腕にココアの缶をぴた、と当ててココアを渡す。梨花はココアを両手で包み、ふぅっと息を吐いた。
「大丈夫?」
「うん、もう大丈夫⋯⋯でも、もう少しだけここにいたい」
「うん、俺も」
二人でベンチに座る。
「私、隼瀬くんの余命のこと、知ってたんだ」
「え?」
「隼瀬くんに出会ってすぐ。隼瀬くんのお母さんに問い詰めたら、教えてくれた。」
「そうだったんだ⋯⋯」
「でも、本人の口から聞けて嬉しかった。何も知らずお別れなんて、気が済まないからね」
「はは、そうだな。」
「うん」
俺たちは、一緒に笑いあった。きっと、この方が隼瀬も嬉しいだろうから。
「明日、葬儀があるって。行くよな?」
「うん、出席しようかなって思ってる」
「そっか。」
お互い沈黙になる。多分、考えをまとめる時間は必要な気がする。
「少し、受け入れられたかもしれない。」
「俺も。まだ少し信じられないけど⋯⋯」
いつか、へっちゃらな顔をして名前を呼んでくれるんじゃないか。叶わぬ希望を抱いているがそんなことはないとないと分かっている。そんな事実が少し受け入れられたかもしれない。
「よし、今日はもう帰ろう。きっと、一人で考えたいだろ」
「うん、そうする。お迎え呼んだから、少し待ってて」
「ううん、平気。俺歩きながら考え事したいから」
「そう?⋯⋯分かった。気をつけて帰ってね。」
「ああ、ありがとう」
俺は歩き出す。
翌日。あまり眠れず葬儀に参加する。葬式場には、様々な人がいた。用意されているパイプ椅子に座る。すると、隣に梨花がいた。
「おはよ、梨花」
「おはよう、柊羽くん」
お互い挨拶を交わすが、話す内容がなく俯く。飾られた写真の中の隼瀬は、少しおっとりしたような顔をしていた。きっと、まだ健康な時に撮った写真に違いない。
「綺麗に飾られてるな。花⋯⋯あれ、これってチューリップ?」
「そうだよ。隼瀬くん、チューリップが好きだって言ってたから」
「そうなんだ⋯⋯」
あいつがチューリップを好きとか少し珍しい。
「墓参りに行く時、チューリップ持っていってやるか」
「そうだね」
話している間に葬儀が始まり、お互い黙る。一人一人線香の前に手を合わせる。
(今までありがとう、隼瀬。また今度、遊びに行こう)
さようなら、なんて言いたくなかった。別れなんて慣れてないし、別れを経験したくもない。持ってきた花を添えて。
「ありがとう」
俺はそれだけ言い残して場所を去った。
「柊羽くん、このまま帰る?」
「帰るって⋯⋯どういうこと?」
「ご飯でも行かないかなって思って」
「ああ、いいね。行こっか」
「梨花ちゃん、ちょっといいかしら」
涙の跡をつけたおばさんが、梨花を呼び出して何かを渡していた。遠くからだが、あれはスケッチブックだろうか。
梨花は中身をみて、ぽろぽろと再び涙を流していた。よく見えなかったが、スケッチブックには三本のチューリップが花瓶に刺さっている絵らしい。あいつは、本当にチューリップが好きだったんな。
「ごめん、おまたせ。」
俺たちはご飯屋に向かって歩き出した。
そしてまた翌日。俺たちは約束した場所に集合して墓へ向かう。チューリップを抱えて。
「ごめん、少し遅れた」
「ううん、平気だよ。じゃあ、行こっか」
墓場は徒歩で行ける距離なため、一緒に歩き出す。
「疲れたら言ってな。」
「うん、分かったわ」
少し歩いたあと、墓に着く。柳原という文字を探して歩き回る。
「あれじゃない?」
梨花が指を指す。俺たちは近寄った。
「あ、先客がいる。誰だ?」
「確か⋯⋯麗音くんだったような、」
「麗音?隼瀬って麗音と仲良かったのか?」
「うん、初日でよく喋ってたよ」
「そうなのか⋯⋯ちょっと意外」
俺と梨花は近付いて、少し話す。
「麗音だよな?」
「柊羽?」
肩を叩いて話しかけると、麗音が反応する。
「麗音、隼瀬と仲良かったんだな」
「あぁ。まぁ、仲がいいって言えるのかどうか分からないけどね。じゃあ、俺は失礼するよ」
「うん、またな」
俺たちは別れた。
ちょうど新しい花が挿してあったが、チューリップも追加で詰めたら中々ボリューミーななってしまったが良いだろう。梨花はチューリップを四本添えていた。ロウソクに火をつけて、線香にも少し火をつける。煙がたった線香をたて、手を合わせる。
(ゆっくりおやすみ、隼瀬。)
(隼瀬くん、まだまだやりたいことはあっただろうけど、私は隼瀬くんと出会えて良かったよ。おやすみ、隼瀬くん)
「さて、帰るかー。」
俺が立ち上がった途端。
後ろに
笑った隼瀬がいる気がした。