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「隼瀬くんは好きな花とかある?」
今日も見舞いに来てくれていた梨花は、僕がイラストを描いているときにそう言った。
「え?好きな花?」
「うん。興味ある?」
「うーん、あんまりないかも。でも、チューリップは好きかな。色がいっぱいいるし、花言葉とかもまとめて好き。」
僕はイラストを描いている手を止めて、梨花の顔を見ながらそう言った。
「チューリップね。」
梨花はメモ帳を取り出してメモを書き足していた。
「なに書いたの?」
僕は彼女にそう問い詰めると、梨花はすぐに答えてくれた。
「隼瀬くんが好きって言った花だよ。今度お見舞いに行く時持っていこうかなって思って」
彼女はそう言うと、こちらを見て笑った。
「え、申し訳ないし⋯⋯大丈夫だよ。俺は来てくれるだけで嬉しい」
僕はそう言った。梨花が居ない時、僕は窓の外を見ている。その時、洗面所から移動させた空の花瓶が必ず目に入る。別に花なんてなくてもいいと思っていた。
「でも、お花がないと寂しいでしょ。私も入院している時、寂しかったよ。お花が枯れていると、心まで枯れてしまいそうで」
彼女がそう言った時、僕は心の中で絡み付いていた疑問が解決した。
そうだ、寂しかったんだ。枯れそうだったんだ。僕は自分の胸を押さえ付けてそう心に言い聞かせた。
「大丈夫?痛いの?」
つい、自分の世界に入り込んでしまい不安にさせてしまった梨花に、僕は謝罪の言葉を述べる。
「ごめん、この感情が寂しいんだって分かったらつい⋯⋯」
僕がそう言うと、彼女は大きい瞳を数回瞬かせ、ぷっと吹いた。
「ふふ、そうだったんだね。それじゃあやっぱり明日、持ってくるね」
「ありがとう」
僕はいつものようにベッドに上半身のみ起こして、病室を出ようとする彼女に手を振った。明日は高校の入学式だ。

入学式当日。高校に向かう前に、梨花はこちらへ来てくれた。
「今日入学式だっけ。」
「うん。ねぇ、この制服どう?」
梨花は空だった花瓶にチューリップを挿すと、こちらを向いてくるりと回った。回った拍子に、制服のスカートがふわっと舞った。
「凄く可愛い。似合ってるよ」
「へへ、ありがとう。いけない、もうこんな時間。じゃあね、終わったらまた来るね」
「わかった、ありがとう」
昨日と同じく、僕は手を振った。
入学式かぁ。
僕はそう思いながらため息を吐いた。小学校の卒業式は出れなくて、中学校の入学式も出れなかった。ただ、中学校の卒業式だけは出れた。それは、梨花のおかげで。入院するとなにかと不便だが、それも梨花が居てくれたから全て楽になった気がする。僕の生活は、梨花と出会ってからガラリと変わった。全ては梨花のため、と自分が思い込んでいるだけだが、毎日の日常が楽しくなった気がする。この僕も、もうすぐ退院だ。今は梨花に全てやって貰っているが、今度は僕が恩返しをしよう。そうしたらきっと、梨花も喜んでくれるはずだ。僕はそう思いながらベッドから出て、いつもの談話室へ向かった。僕はここで梨花が来てくれるのを待っていた。談話室は僕の病室へ行く前に必ず通らなければならない場所だから、ここで待っていれば梨花は来るはず。僕はそう思いながらスケッチブックを開いた。新しい絵を書く気はなかったから、過去の絵を見直して付け足すことにした。僕がこの世から去ったら、このスケッチブックは梨花に上げよう。だから、過去の絵をもう少し綺麗に書き上げていつでも渡せるような状態にしておかなければ。そう一心にイラストを書き足した。
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
突然背後から話し掛けられ、振り向いてみると見知らぬおばあちゃんが立っていた。
「あの、良ければお隣どうぞ」
ずっと立たせているのも申し訳ないので、僕は自分の座っている椅子の隣を指した。
「ありがとう」
おばあちゃんは僕の隣に腰をかけると、何も言わず僕のスケッチブックを見ていた。僕は自分から「どうしたんですか」と話し掛ける勇気もなかったのでただイラストの付け足しに没頭していた。
「絵が上手だねぇ」
丁度描き終えた頃、おばあちゃんが話しかけてきた。
「そ、そうですかね⋯⋯」
特に返す言葉もなく、少し焦り気味でそう返した。
「私も絵を描くのが好きでねぇ⋯⋯あ、また明日、私の絵を持ってきてあげるね」
「あ、ありがとうございます⋯⋯」
「お名前はなんて言うのかな?」
おばあちゃんは優しい笑顔でこちらを見ていた。
「柳原隼瀬です。」
僕もおばあちゃんの笑顔につられて、笑ってそう返した。
「私は三浦美智子(みうらみちこ)だよ。お好きに呼んでね」
「はい」
「じゃあね、隼瀬くん」
「はい、さようなら」
なんだか、おばあちゃんが出来た気分だった。
それから数時間後。
「隼瀬くん!」
梨花は僕の姿を見るなりこちらへ走ってきた。真っ赤なチューリップを抱えて。
「持ってきてくれたんだ」
「うん、約束したじゃない」
「そうだね」
僕達は立ち上がって、病室へ向かう。
「花瓶ってこれで大丈夫?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
梨花は洗面所に置かれた空の花瓶の中に水とチューリップを挿してこちらに持ってきてくれた。
「なんだか花があるだけでも雰囲気が変わるね」
「本当にね」
窓際に置かれた花は、部屋の雰囲気もがらりと変わっていてとても綺麗だ。
「入学式、どうだった?」
「凄かったよ。中学校に比べて高校は凄く大きかった」
「そっか。迷子にならないといいな」
僕は方向音痴だから、中学校に入学して早々迷子になり先生に助けてもらったことがある。
「あとね、隼瀬くんと私同じクラスだったよ」
「本当?なら、初日は教室の案内からしてもらおうかなぁ」
「隼瀬くん、そんなに方向音痴なの?」
「そうだよ、困ったことにね」
僕と梨花は一緒になって笑った。こんな日々が続けば、僕だって幸せになるのにな。
「そう言えば、もうすぐ退院だよね?」
「うん。確か」
入院が終われば、また学校生活が始まる。憂鬱だったが、入院生活の方が退屈でどうにかなってしまいそうだったので学校へ通った方がまだ楽しい。
「暇だよね、入院って。私退屈で、ずっと談話室で誰かとお喋りしてたよ」
「すごいね。あ、そう言えば今日、談話室で梨花のとこを待っていたら、三浦美智子さんって言う人に話しかけられたんだ」
「美智子さん?あぁ⋯⋯あの人は」
僕が美智子さんの名前を出すと、梨花は寂しそうにそう呟いた。
「そうなんだ⋯⋯」
あんなにいい人が、何故⋯⋯と思ったが、正直僕もなにか特別悪いことをしていないのにもうすぐ死ぬ。やはり神様というのは信用ならない。
「隼瀬くんにも話し掛けてたんだね。あの人、凄くいい人だよね。」
「僕も今日、初めて話しかけられたけどすごく話しやすかった。また明日、行ったら来てくれるかな」
「美智子さんはいつもお昼の一時くらいにいると思うよ。明日、私も行きたい」
「じゃあ一緒に行こうか。あまり喋ったことはないけど、仲良くなりたいし」
「じゃあ決まりだね。明日の一時くらいにまた来るね。じゃあね、隼瀬くん」
「うん、またね。梨花」
僕達は別れた。僕は突然暇になり、何度読み返したか分からない漫画を手に取って読み始める。漫画の展開なんてもう嫌という程見ているので暗記されており、結果なんて分かっているのにも関わらず何度読んでも面白い。この漫画を持ってきて良かったと心から思った。
「今日も来たのね、梨花ちゃん」
僕の点滴を変えに入ってきた看護師さんかそう言った。
「はい。今日は高校の入学式らしくて、ついでに寄ってもらいました」
「そう、今日は高校の入学式だったのね⋯⋯隼瀬くんも同じ高校だったよね?」
「そうです。梨花と同じ高校と知ったのは最近ですが⋯⋯」
看護師さんはテキパキと点滴を変えながらそう言った。
「隼瀬くんももうすぐ退院だもんね。高校生活楽しんでね」
「はい、ありがとうございます」
ちょうど点滴を変え終えたらしい看護師さんは、そう言い残して病室を出た。僕は再び漫画を開き、読み始める。
「早く退院したいなぁ」
梨花とも一緒に学校へ行きたいし、柊羽とも沢山喋りたい。死が近付けば近付くほど、僕の欲は増えて行く。しかし、それを叶える術が僕には残っていない。残り一年と言う命を前に、僕は日常生活を選んだ。そうすれば、先程述べた僕のやりたいことが少しでも多くやれることを願っている。
「んー⋯⋯」
いつも目眩がする。特に時刻が決まっている訳では無いが、先生は目眩が起きたらどこでもいいからその場で座り収まるまで待てと言われている。今はベッドに座っているだけなので問題は無い。
「隼瀬、大丈夫?」
いつの間に入ってきたのか、そこには母親と由莉が立っていた。
「大丈夫、目眩がするだけだから」
「そう?しんどかったら先生呼ぼうか?」
「いや、大丈夫だから、」
母親は僕に近づいて、顔色を伺う。
「少し悪いわよ?具合は?目眩だけ?」
「うん。だから平気だって。」
「お母さん、隼瀬平気そうだから大丈夫だって。」
困っていた僕を、由莉は助けてくれた。由莉はこちらを見てウインクをしていたので、僕は笑って誤魔化しておいた。
「あら、綺麗な花ね。梨花ちゃんが持ってきてくれたの?」
「あ、うん。僕が好きって言ったら持ってきてくれた。」
「好き?好きって、梨花ちゃんのこと?」
「ち、違う!!花のほう!!」
僕は自分でも分かるくらい顔が赤くなった。そんな僕を見て、母さんと由莉は笑った。
「にしても綺麗ね。真っ赤だわ。」
「チューリップって本数で花言葉が変わるそうよ。詳しくは知らないけど。」
由莉は花瓶に入った花の数を数えながらそう言った。
「六本か。六本は確か、「貴方に夢中です」って意味だったような⋯⋯」
「いやいや、梨花がそんなの気にしてるわけないじゃん。ていうか、今日はなにしに来たの?」
「隼瀬、もうすぐ退院でしょう?だから、準備してるかなと思って。」
「もういつでも退院できるよ。荷物もまとめてあるし。」
「そう?私たちが言いたいことはそれだけよ。明日も来るから。じゃあね、隼瀬。」
「うん。来てくれてありがとう。」
二人は僕に手を振って病室を出て行った。静かになった時の病室は少しだけ寂しく感じる。
「あ、チューリップでも描こうかな、」
せっかく持ってきてくれたチューリップでも描こうと思って、僕はカバンからスケッチブックを取り出して新しいページに鉛筆を走らせる。花の影になる場所は濃く、日の当たるところは薄く。工夫を重ねて、イラストの完成度を高める。
「これ、梨花に見せたら喜ぶかな。」
僕は自分の描いたイラストを見てそう呟いた。このイラストは過去に描いたイラストの中で一番と言えるほど上手にできた。
「明日も来てくれるって言ってたし、大丈夫だよね。」
僕は運ばれてきたご飯を食べ、風呂に入ったりなどして寝る支度を始めた。

「ん⋯⋯?」
朝、体に残る熱っぽさで目を覚ます。
「駄目かぁ⋯⋯」
昨夜、体が不調を訴えていたのは分かっていたが、無視して眠った結果こうなってしまった。恐らく、熱もあるだろう。
「こんな状態じゃ梨花に会えないよね⋯⋯」
無理して会って、梨花に熱でも移したら大変だ。僕はすぐに携帯を取りだし梨花に連絡を取った。するとすぐに連絡が返ってきて、内容は僕を心配する事と、お見舞いに行くよと言うメール。来てくれるのは嬉しいが、先程も述べたように熱を移してしまったら申し訳ないし、僕だって悲しい。そんな事を軽く文章に乗せ送信する。僕は溜め息を着いて携帯をしまった。本当なら梨花とも美智子さんとも沢山おしゃべりして、楽しい時間を過ごすつもりだったのに。僕はとことんついていない男だ。起き上がるのも辛いので、僕は眠ったまま寝返りを打つ。もうすぐ看護師さんが来てくれるので、その時に症状を伝えよう。そうすれば、その症状にあった薬を投与してくれるはずだ。僕はただひたすらに看護師さんが来るのを待った。
コンコン。
ノック音が部屋に響いた。やっと来てくれたと思い、僕は扉の方に寝返りを打つ。
「隼瀬くん、どうなされました?」
「すみません、朝から具合が悪くて⋯⋯」
僕は自分の体が訴えている症状を全て看護師さんに話した。するとすぐに薬を入れてくれて、僕は薬が効いてくるのを待った。結局今日は暇になってしまった。下手したらこの熱のせいで入院が長引く可能性だって否めない。再び入院生活が伸びそうな事と、入学が遅れてしまうことも重なり僕の体は熱と別にドッと重くなった。熱のせいか、誰かに会いたいという衝動が浮き出てくる。しかし、誰かに移すわけにもいかない。僕は布団にくるまって熱が下がるのをひたすらに待った。
「隼瀬、大丈夫?」
眠りにつこうとしたら、突然頭上から声がする。声の主は、聞き慣れた僕の母親の声だった。
「どうしたの?こんな時間から」
「隼瀬が風邪を引いたって聞いて、すぐ駆けつけたの。どこか具合が悪いところはある?」
「もう全部看護師さんに伝えたよ。薬も入れてもらった」
僕はそう言いながら自分がつけている点滴に視線をあげる。
「そう、良かったわ。お母さんは今から先生とお話しをしてくるから、何かあったらすぐ連絡してね。」
「うん、わかった。ありがとう」
どうせ話す内容は入院に関してなんだろうな。また入院生活が伸びるのか、伸びないのか。正直どちらでも良かった。いつかはずっと入院生活が続いて、僕は死ぬ。それが今日なのかもしれない。柊羽にもこのことを話せなかったし、梨花にもくわしいことをはなせていない。正直後悔だらけだけど、もういいや。僕は再び布団にくるまって母親の帰りを待った。

「隼瀬、具合平気?」
少したったあと、母親が戻ってくる。
「うん、大丈夫。何話してたの?」
「大したことじゃないわ。明日退院だから、支度しておいてね」
「あ、うん。わかった」
入院が伸びるわけではなかった。しかし、母が大したことないと言う時は大体大した時だ。僕は知っている。
「もうすぐ死ぬんだぁ」
言葉にするとより重く感じる。
「死にたくない」
棒読みでそう言ってみる。別にいつ死んでもいいと思っていた。特別な出会いもなくて、特別な幸せも感じられない。挙げ句の果て病気で死ぬ。でもこれが僕の運命だと言うのならば、僕はそれを受け入れるしかない。今更後悔したって、ただ後悔が残るだけ。
「もう寝よう。」
これ以上考えたって無意味だから、僕は目を閉じる。
(あ、次柊羽に会ったときは話さなきゃ⋯⋯)
今まで避けてきたが、正直に話さなくてはいけない。友人が突然死んで、原因が病気だとしたら、柊羽なら「何で話してくれなかったんだ」って怒るだろうから、きちんと伝えなくては。僕はそんなことを考えながら眠りについた。

「ん⋯⋯?」
僕は目を覚ました。口元に違和感があり、触れてみる。
(酸素マスク⋯⋯?どうして?それに、ここはどこだ?)
「隼瀬くん!目が覚めましたか?ここがどこか分かりますか?」
「ぇ、ぁ⋯⋯」
目の前にいるのは、いつも僕を見てくれている看護師さんだ。
「隼瀬くん、倒れたんですよ。布団の中で。手足に違和感はありますか?」
看護師さんから質問され、僕は布団の中に入っている手をグーパーしてみる。特に違和感もなかったので、僕は首を横に振った。
「良かったです。詳しいことは一般病棟に移ってから話すね。」
話すこともままらないので、僕は首を縦に振って返事をする。すると看護師さんにも伝わったようで、にこっと笑ってその場を去っていった。
(集中治療室にいたんだ⋯⋯)
僕は改めて自分がどんな病気にかかっているか思い知らされる。
(入院も長引くかなぁ)
間違いなく延長は確定だろう。酸素マスクを付けているが、呼吸が苦しい。体調を崩しただけですぐに倒れるなんて、どんだけ病弱なんだ。僕は自分の体を恨んだ。母さんは、このこと梨花に言っただろうか。言っていたら確実に心配される。僕は今すぐにでも笑って平気だよと言ってあげたいのに。

三日後、やっと僕は一般病棟に移され事情を話された。内容は僕の病気が悪化しているということ、また突然体調を崩す可能性があること。簡単に説明されたが、僕は頷くしか術がなかった。話が終わったあと部屋を出ると、すぐ近くに梨花が立っていた。梨花は僕の姿を見るなりすぐさま近づいて、様々な質問をされた。体調はどうだったか、原因はなんだったのか、今の体調は大丈夫か。僕は全て答えて、梨花と共に病室へ戻った。
「本当に心配したんだよ!隼瀬くんのお母さんから連絡受けて、すぐここに来たのに!隼瀬くんいないし、本当に⋯⋯どうにかなっちゃうかと思ったよ」
「はは、大袈裟だなぁ梨花は」
「大袈裟じゃないよ!隼瀬くんは危機感が無さすぎるだけ!私がどれだけ心配したのか⋯⋯」
「あー、うん。それに関してはごめん。俺もちゃんと言えばよかった」
「ううん、大丈夫。でも、隼瀬くんが無事でよかった。」
僕は次の言葉に迷った。余命のことを伝えるチャンスだ。でも、僕は言葉を発せなかった。
「また具合が悪くなったら⋯⋯ううん!悪くなる前に私に言ってね!絶対だよ?」
「あぁ⋯⋯うん。分かったよ」
「じゃあね、また明日!」
「うん、また明日⋯⋯」
結局言えなかった。また明日、また明日って期間を伸ばしても、その期間は永遠に伸ばせる訳では無い。結局はいつか話さなくては行けない。それがいつになるかはわからないけれど、そのうち話さなければならないのは確かだ。
「メールで言おうかな。」
言いにくいことはメールで言う人も少なくはないだろう。だから僕もメールで伝えようか悩んだが、もし僕が逆の立場だとして。きっと僕は納得しないだろう。直接言って欲しいし、メールで言われて余命がなんたらと言われたらすぐ会いに行って詳しく事情を聞きたい。そう思って、僕はメールで伝えるのをやめた。こうなったら、直接しかない。直接しかないけど、勇気がない。勇気がないなんて言っていたら、いつまでも言えないんじゃないか。
「だめだなぁ」
梨花にすら言えないのに、柊羽に一から話せるのだろうか。話さなきゃいけないのは変わらない。なのに、こんなにも緊張するとは。
「明日、来てくれる時に話そうかな、」
僕が死ぬまで、あと四ヶ月。残り一ヶ月で言おうか。でも、そんなのじゃ一ヶ月で何ができるだろう。僕だって友人から残り一ヶ月しかないなんて言われたら、なんでもっと早く言わなかったんだって怒るだろう。人の心ばかり考えていたら、いつまで経っても言えないだろう。
「やっぱり明日。かなぁ⋯⋯」
期限を伸ばせば伸ばすほど苦しくなるのは自分だ。いつ話せなくなるか分からない。
「あー、やだやだ⋯⋯」
僕はまた目を瞑る。

結局そのまま言えず、退院した。次の日からすぐ高校生活が始まる。そういえば、柊羽の高校はどこだったかな⋯⋯
僕は明日の学校に向けて準備を始める。持ち物は全く分からないので、梨花に全て聞いてカバンに詰める。教科書類は学校で貰えるので、その他のものを詰める。
『えー?聞こえない!もっと大きな声で!』
絶賛、僕は今梨花と通話中だ。
「だーかーら!いつ寝るのって!」
彼女とつ電話を始めたのは二時間前。持ち物を訪ねようと電話を掛けたところ、二時間も続いてしまっている。現在の時刻は二十三時。梨花が眠るまでとても時間が掛かっている。何度も寝ないのと聞いているが、梨花は寝ようとしない。正直僕は眠りたかった。明日から学校だし、そうそう遅刻は勘弁だ。そんなことを梨花に告げているが、どうにも分かってくれない。
『もう寝るのー?隼瀬くん寝るの早いね』
「遅刻したくないの。梨花だって遅刻したくないでしょ?」
『したくない。でもまだ隼瀬くんと話していたい』
「じゃあ明日も話してあげるから。ね?寝よ?」
『うん⋯⋯分かった。明日ね?約束だよ』
「はーい。おやすみ」
『おやすみ』
お互い電話を切る。僕はベッドの上で電話をしていたので、携帯を机の上で充電をして置いておく。
「さて、寝よう」
僕は部屋の電気を消して、自室のベッドに寝転んだ。