斎園寺家で行われる食事会に道人と共に燈夜の幼なじみである津郷遙がやって来た。
遊び人で知られる遙が花を狙っていた為、燈夜は屋敷に入れるのを反対していたが使用人の千代子の提案により彼も参加することが決まった。
「花ちゃん、何か手伝おうか?」
食卓に料理が載った皿を運んでいると遙が台所にひょっこりと顔を出す。
「ありがとうございます。でもあと少しなので大丈夫ですよ」
花は小鉢を、千代子は燈夜達が呑む酒を運べば準備は終わる。
それに、たとえまだ他にも皿が残っていたとしても大切な客人に手を貸してもらうのは気が引ける。
相手は有名な貿易会社の次期当主。
燈夜は幼なじみということもあり、砕けた口調で話しているが世界を股にかける人物に家事を頼むのは恐れ多い。
「そう?花ちゃんは若いのに手際がよくてしっかりしてるね。もう立派な奥さまみたい」
「いえ、そんなこと……」
手際がよいのは美藤家で使用人の扱いで働いていたから。
遙には褒められたが斎園寺家に来る以前、この早さで準備をしていたら母の透緒子や姉の未都に『とろい』『そんなこともろくに出来ないのか』と罵声を浴びさせられていた。
美藤家の不祥事が世に明るみに出た今、虐げられていたことを話しても問題ないのだがせっかくの楽しい食事会を暗い雰囲気にしたくない。
「堅苦しい燈夜なんかやめて俺と結婚しない?」
遙が瞳を細め冗談なのか本気なのか分からないような表情で花に求婚をしたとき。
「貴様は死にたいのか?」
殺気を感じさせるような声が聞こえ視線を向けると台所の入り口に燈夜が立っていた。
先ほどの外での出来事の際と同じくらい遙を睨みつけている。
家の中だからか異能を行使させるのは我慢しているようだ。
そう怒るのも当然だった。
婚約者の手を握っているかと思えば次は求婚をしているのだから。
「厠から戻ってくるのが遅いと思えば……。人の婚約者を誑かすとはそれ相応の覚悟ができているようだな」
じりじりと少しずつ近づいてくる燈夜に怯むことなく遙は余裕のある表情を見せている。
「男ならこんな家庭的で可愛い子をお嫁さんにしたいって思うのは当然だろ」
花自身は自己肯定感がとてつもなく低いのでそんなことはないと思うが褒められるのは素直に嬉しい。
燈夜の為に家事も頑張り、自分に用意してくれた化粧品も有り難く使わせてもらい、綺麗にしてずっと好きでいてもらえるように努力をしている。
その努力が他人から見ても伝わっているのだと分かりこれも全て燈夜のおかげだと改めて実感する。
しかし今の遙の言葉は燈夜が言うのとは違った。
恋い慕う燈夜に『家庭的で可愛い』と褒められれば胸が早鐘をうって頬が熱くなる。
遙に同じことを言われてもただ普通に嬉しいだけ。
「津郷様」
「?なぁに、花ちゃん」
名前を呼ばれて遙は嬉しそうに振り返る。
花は素直な気持ちを言葉にした。
「私は燈夜様をお慕いしているので津郷様のお気持ちには応えられません」
真面目な表情で話す花に遙だけでなく、燈夜までも彼女の返答に驚いていた。
花が遙を好きになるはずはないと信じてはいたがまさかあの大人しい婚約者がきっぱりと断るとは思っていなかった。
当の本人は言い終わった後、丁寧に頭を下げている。
「は、花ちゃん顔を上げて」
こんなに丁寧に謝罪されるとは思ってはいなかったのか遙は慌てて声をかける。
花が顔を上げると申し訳なさそうに眉を下げる遙。
女性の噂が絶えない遙でも花のような純真無垢の人間に出逢ったのは初めてのようだ。
「俺こそごめんね。何というか花ちゃんは男から見たら理想的な女性だったから」
「そうでしょうか……?」
特別なことは何もしていない。
なぜ自分が男性が思う理想の女性像なのか分からず首を傾げる。
「うんうん。愛らしくて守ってあげたい…ってうわ!」
話している途中で急に叫び声をあげた遙に花は驚いて身体を震わす。
気づけば燈夜が眉間に皺を寄せ背後から遙の首根っこを掴んでいた。
「それ以上言えばどうなるか分かるな?」
振り向いて顔を見なくても静かな憤りの声だけで身の危険を感じた遙は両手を挙げ、降参の意思をすぐに伝えた。
「わ、分かったから!」
相変わらずな性格の遙に燈夜は呆れたように息をつくと柔らかな笑みを花に向ける。
「花、済まなかったな。準備の邪魔をして」
「いえ。もう少しで終わるのでお待ちください」
燈夜は頷くと遙の首根っこを掴んだまま台所を出て行った。
嵐のような出来事に花は少し呆気にとられたが、皆を待たせてはいけないと慌てて準備を再開するのだった。
遊び人で知られる遙が花を狙っていた為、燈夜は屋敷に入れるのを反対していたが使用人の千代子の提案により彼も参加することが決まった。
「花ちゃん、何か手伝おうか?」
食卓に料理が載った皿を運んでいると遙が台所にひょっこりと顔を出す。
「ありがとうございます。でもあと少しなので大丈夫ですよ」
花は小鉢を、千代子は燈夜達が呑む酒を運べば準備は終わる。
それに、たとえまだ他にも皿が残っていたとしても大切な客人に手を貸してもらうのは気が引ける。
相手は有名な貿易会社の次期当主。
燈夜は幼なじみということもあり、砕けた口調で話しているが世界を股にかける人物に家事を頼むのは恐れ多い。
「そう?花ちゃんは若いのに手際がよくてしっかりしてるね。もう立派な奥さまみたい」
「いえ、そんなこと……」
手際がよいのは美藤家で使用人の扱いで働いていたから。
遙には褒められたが斎園寺家に来る以前、この早さで準備をしていたら母の透緒子や姉の未都に『とろい』『そんなこともろくに出来ないのか』と罵声を浴びさせられていた。
美藤家の不祥事が世に明るみに出た今、虐げられていたことを話しても問題ないのだがせっかくの楽しい食事会を暗い雰囲気にしたくない。
「堅苦しい燈夜なんかやめて俺と結婚しない?」
遙が瞳を細め冗談なのか本気なのか分からないような表情で花に求婚をしたとき。
「貴様は死にたいのか?」
殺気を感じさせるような声が聞こえ視線を向けると台所の入り口に燈夜が立っていた。
先ほどの外での出来事の際と同じくらい遙を睨みつけている。
家の中だからか異能を行使させるのは我慢しているようだ。
そう怒るのも当然だった。
婚約者の手を握っているかと思えば次は求婚をしているのだから。
「厠から戻ってくるのが遅いと思えば……。人の婚約者を誑かすとはそれ相応の覚悟ができているようだな」
じりじりと少しずつ近づいてくる燈夜に怯むことなく遙は余裕のある表情を見せている。
「男ならこんな家庭的で可愛い子をお嫁さんにしたいって思うのは当然だろ」
花自身は自己肯定感がとてつもなく低いのでそんなことはないと思うが褒められるのは素直に嬉しい。
燈夜の為に家事も頑張り、自分に用意してくれた化粧品も有り難く使わせてもらい、綺麗にしてずっと好きでいてもらえるように努力をしている。
その努力が他人から見ても伝わっているのだと分かりこれも全て燈夜のおかげだと改めて実感する。
しかし今の遙の言葉は燈夜が言うのとは違った。
恋い慕う燈夜に『家庭的で可愛い』と褒められれば胸が早鐘をうって頬が熱くなる。
遙に同じことを言われてもただ普通に嬉しいだけ。
「津郷様」
「?なぁに、花ちゃん」
名前を呼ばれて遙は嬉しそうに振り返る。
花は素直な気持ちを言葉にした。
「私は燈夜様をお慕いしているので津郷様のお気持ちには応えられません」
真面目な表情で話す花に遙だけでなく、燈夜までも彼女の返答に驚いていた。
花が遙を好きになるはずはないと信じてはいたがまさかあの大人しい婚約者がきっぱりと断るとは思っていなかった。
当の本人は言い終わった後、丁寧に頭を下げている。
「は、花ちゃん顔を上げて」
こんなに丁寧に謝罪されるとは思ってはいなかったのか遙は慌てて声をかける。
花が顔を上げると申し訳なさそうに眉を下げる遙。
女性の噂が絶えない遙でも花のような純真無垢の人間に出逢ったのは初めてのようだ。
「俺こそごめんね。何というか花ちゃんは男から見たら理想的な女性だったから」
「そうでしょうか……?」
特別なことは何もしていない。
なぜ自分が男性が思う理想の女性像なのか分からず首を傾げる。
「うんうん。愛らしくて守ってあげたい…ってうわ!」
話している途中で急に叫び声をあげた遙に花は驚いて身体を震わす。
気づけば燈夜が眉間に皺を寄せ背後から遙の首根っこを掴んでいた。
「それ以上言えばどうなるか分かるな?」
振り向いて顔を見なくても静かな憤りの声だけで身の危険を感じた遙は両手を挙げ、降参の意思をすぐに伝えた。
「わ、分かったから!」
相変わらずな性格の遙に燈夜は呆れたように息をつくと柔らかな笑みを花に向ける。
「花、済まなかったな。準備の邪魔をして」
「いえ。もう少しで終わるのでお待ちください」
燈夜は頷くと遙の首根っこを掴んだまま台所を出て行った。
嵐のような出来事に花は少し呆気にとられたが、皆を待たせてはいけないと慌てて準備を再開するのだった。