仕事を終え、エレベーターに乗り込む前にスマホを確認すると新着メッセージが一件届いていた。
【悪い。電話気づかなかった】
メッセージが届いたのは今より一時間ほど前。内容は私が朝かけた電話に出られなかった事を指しているとすぐに分かった。
朝すぐに連絡が来なかったところを見ても、今日は仕事が忙しかったのだと思う。
月末だもんね、と納得しながら【いいよ。大した用じゃなかったから】と返事を返せば、すぐに既読がついた。
【今日、行くわ】
簡潔つつ淡白な文章に思わず笑ってしまう。【何時?】と返せば【21時ぐらい】と返事が来たので“了解”と書かれたパンダのスタンプを送信した。
すぐに作れるような簡単な夜食の材料をスーパーで買ってから帰ろうと決め、エレベーターの中に乗り込んだ。
ガチャガチャと鍵が解錠される音が部屋に鳴り響いたのは、21時を少し過た頃だった。
パタパタと玄関まで駆けていくとドアを開けて中に入ってくる彼の姿が見えて、自然と頬が持ち上がる。
「理仁《りひと》、お疲れ様」
労いの言葉をかけた私に、理仁《りひと》は靴を脱ぎながら「お疲れ」と同じように労いの言葉を返してくれた。
玄関の隅に置かれたビジネスバッグを手に取ったところで靴を脱ぎ終えた理仁にもう一度声を投げかけた。
「今日忙しかったの?」
「まあ、ぼちぼちだな」
理仁が“ぼちぼち”と答える時は大抵忙しかった時だ。心做しか顔にも疲れが滲んでいるように感じる。
仕事の時の髪のセットの仕方は普段の時とは少し違う。前髪を分けるようにセットしているから普段は見えない額がさらけ出されている。
キリッとした形の眉を見つめていれば、その視線に気づいた理仁は少し口角を持ち上げた。
高い位置から見下ろされるこの感覚はなかなか慣れなくて、10年が経った今でもドキリとしてしまう。
「先に風呂入ってくる」
そう告げた理仁は私の頭を一度ぽんと撫でてから、浴場に向かった。