「あんたも懲りないよな」

「それは私のセリフだよ」


短くなった煙草を地面に擦り付け火を消した。彼は校内で喫煙しているくせに、吸殻を放置しない。きちんと携帯灰皿に入れて持ち帰っている。

ただ単に証拠を消すためかもしれないけれど、ポイ捨てをしないところはまだ好感が持てる。

いつものように吸殻を携帯灰皿に仕舞いながら、ぽつりと独り言のように声を落とした。


「担任に頼まれてる訳でもないのに、真面目だな」

「……」

「いや、違うか」


またもや独り言のように呟いて、立ったままの私をチラリと見上げる。少しだけ口角を上げて笑うその表情にドキリと胸が鳴ったのも束の間。


「あんた、俺のこと好きだよな」


次に吐き出された言葉に、ギョッと目を見張ってしまう。


「なっ…何言って…っ」

「俺と話したいから此処に来てるんじゃないの」

「ちがっ…」

「じゃあ、これが違う奴でもこうやって毎日注意しに来た?」

「…それは……」

「来ねえよな。あんた、そんなキャラじゃなさそうだし」


何も言葉が出てこなかったのはきっと、図星だったからだと思う。

これが望月くんじゃなかったらきっと私は見て見ぬふりをしていたと思う。形振り構わず、相手を選ばずに正論をぶつけれるほど、私は正義感に溢れた人間じゃない。

望月くんだったから、私は動いた。

放っておけないとか、仕方ないからとか、全部、口実だった。彼と話すための。


「やっぱり、好きなんだ?」

「……っ」


挑発するような、確信を得ているような、そんな瞳が私を射抜く。彼は楽しそうに笑っていて、それがすごく悔しかった。

自信に満ちているような人だった。けれど決してそれは嫌味を感じさせず、むしろそれすらも魅力に変えてしまうくらいには、魅力的な人だった。


助けてもらったあの日から、ずっとこの人を目で追ってしまっていた。

体育祭の準備の時、重たい荷物をさりげなく代わりに運んでくれた時には胸が高鳴った。私に友達と呼べる存在ができた時、「良かったじゃん」と笑ってくれた彼を見て、もっとこの人に近づきたいと思った。

この気持ちが恋なのかは分からない。

でも、日が経つにつれて、私はただ分からないふりをしているだけなのかもしれないと思うようになった。

下唇を噛み締めて黙りこくってしまった私に、彼は徐に手を伸ばす。私の手首を掴んだその手に引っ張られ、誘導されるように彼の目の前にすとんと座り込んだ。

目線の高さが同じになる。さっきよりも、うんと近くで視線が絡まる。

じっとこちらを見つめる鋭い瞳から目が離せない。


「泣きそうになってる」

「……」

「なんで?」

「だって……恥ずかしいから」


全部バレバレだったなんて、恥ずかしくて堪らない。羞恥は涙へと化して、私の瞳を潤わせていく。

今にも泣き出しそうな顔で、蚊の鳴くような声を発した私とは打って変わって、彼はふっと小さく笑みを零した。

そして風に靡かれた私の横髪を優しく払い、そのまま耳に掛ける。その優しい手つきも伏せられた瞳も、全てが映画のワンシーンのように見えて、ごくりと生唾を飲み込んだ。



「…俺ら、付き合ってみる?」


秘密を共有するような声だった。


いつだって、理仁は確信を突くような言葉は言わない。すべて私が言うように仕向けてくる。

私を暴いた後で、私に選択肢を与え、私に決断させる。

それをこの時の私はずっと狡いと思っていたけれど、今なら分かる。決して無理強いせず、いつも私に合わせてくれるのは、彼が優しいからなんだと。


秘密のように発せられた提案に、私は何かを考えるよりも先に、静かに頷いていた。







好きだった。この人が。


幼いながらに大切にしたいと、まぶしいほどの青が広がる下で、つよく、つよく、思った事を今でも鮮明に覚えている。