店の外へと身を投じれば、先程まで耳を劈くように響いていた騒がしさが夢だったかのように辺りはシンとした静けさで染められていた。
生ぬるい風が頬を切る。
遠くのほうで笑い合う人の声を微かに耳に感じながら、私の歩幅に合わせて歩いてくれる人の肩を見つめた。
「今日はもう家でゆっくり休めよ」
おだやかな静けさに溶け込んでしまうくらい、落ち着いた低音だった。
私を案じてくれるその言葉に素直に頷けそうもなかった。その証拠に私の手は理仁の行く手を拒むように、その服の裾を掴み、くんっと後方に引っ張った。
私の予想通りそこで足を止めた理仁がゆっくりと此方に振り返る。
「どした?気分悪い?」
「……ちがう」
「じゃあ なに」
ツンとした表情でこちらを見下ろす理仁を、上目がちに見つめる。
“大人びていた”顔つきは、いつの間にか、本当の“大人”の顔つきになった。私はその過程をずっと、いちばん近くで見つめていた。誰よりも近くでずっと見つめていたの。
もっともっと、理仁を見つめていたい。
もっともっと、理仁で埋め尽くしたい。
他に何かが割り入る隙間もないくらい。もっと、ずっと。
「……まだ、いっしょにいたい」
少し、声が掠れた。
掠れたというより、震えていたのかもしれない。
私の小さな声に、理仁はそこでようやく少しだけ口角を上げた。その笑い方は出会った時からちっとも変わっていないから、私は無性に泣きたくなってしまう。
「…誘ってる?」
囁くような声に、寄りかかる。
ほんのりと火照る頬をその胸に擦り寄せれば、ウール素材の感触がそこを撫でた。
こうしていると、まるでこの世界に私たちしか存在しないように感じる。それが、ひどく心地よかった。
「……」
夜の帳が落ちるようにそっと目蓋を下ろす。
迎えに来た真っ暗な闇の中で、私がこの人を好きだった瞬間を手繰り寄せるように思いを巡らせた。