細身で華奢(きゃしゃ)な感じの後姿は中学生か高校生か。もしかして先輩なのか。それとも娘がもう一人いるのか。いや、年齢的に考えてそんな大きな子供がいるはずがない。ならば、やっぱり先輩か。

「邪魔だ、どけぇー」

 無精髭(ぶしょうひげ)で野球帽を被った男が女性もののバッグを手にして向かって来る。
 あいつが泥棒か。

「どけ、どけ、どけ」

 泥棒は殺気立っている。危険だ。ナイフでも持っていたら大変だ。そう思いつつも裕は動けず立ち尽くす。
 まずい、突き飛ばされると思った瞬間、細身の女性の上段回し蹴りが泥棒の(あご)にクリーンヒットした。
「おお」との声が通行人から湧き上がり、気づけば泥棒が大の字になって倒れていた。
 凄い、鮮やかな蹴りだ。

「ママ、カッコイイ」

 あの蹴りは間違いなく先輩だ。怪我をして空手はやめたと話は聞いていたけど、高校時代を彷彿(ほうふつ)させる。

「ねぇねぇ、おじさん。ママってすごいでしょ」

 おじさんって。
 この子にはそう見えるのか。さっきは『お兄さん』って呼ばれたのに。お婆さんから見ればお兄さんってだけか。
『まだ二十六歳だぞ。おじさんじゃない』とこの子には言えない。老け顔だと自分でも認識している。小さなこの子にはどうみてもおじさんにしか見えないだろう。
 まあいいか。そう思っていたら警察官が二人駆けつけて倒れている泥棒を立たせていた。どうやら脳震盪(のうしんとう)は起こしていないらしい。
 バッグを取られたおばさんと鮮やかな蹴りを決めた女性に警察官は簡単な事情聴取をしていた。泥棒のほうはすでに連行されている。
 おばさんは女性にお礼を言うと、警察官について歩いていった。

「流石だね、安祐美ちゃん」

 商店街の人たちからの拍手とともに褒め称える声。後ろ姿で女性の表情はわからないけど照れた顔をしているんじゃないだろうか。

「ねぇ、ねぇ、おじさんの手、冷たいね」
「えっ」
「手だよ。冷たいよ。どうしちゃったの」

 痺れた左手から里穂の手のぬくもりが伝わってくる。

「そうだね、冷たいね」
「あれ、おじさんの顔もなんだか白いね。大丈夫なの。間違って冷蔵庫に入っちゃったの」

 思わず頬が緩む。面白いことを言う。

「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「本当に大丈夫なのかな」

 里穂は両手で自分の左手を包み込むように握り「ママの料理食べれば、きっと元気でるよ」とニコリとした。
 すぐ横で木花の大旦那が頷いている。

「里穂ちゃんもそう思うよね。やっぱりここで食べていくといい」
「ママ、このおじさんに元気になれるごはん作ってあげて」
「えっ」

 振り返った細見の女性の顔を見て、やっぱりと裕は思った。間違いなく先輩だ。高校時代と変わっていない。高校時代にタイムスリップしたのかと錯覚してしまう。可愛いのに強いって有名だったのを思い出す。
 先輩と再会できるなんて思ってもみなかった。胸の奥がほんのりあたたかくなる。