懐かしい。裕は街並みを眺めて頬を緩めた。
あれ、あんな店あったっけ。新店舗なのか。花輪がある。
『からだにおいしい料理店・しんどふじ』か。
んっ、今猫の鳴き声がしなかったか。どこだ。
「そこのお兄さん。こっち、こっちだよ」
突然の声にそっちへ目を向けるとタバコ屋からお婆さんが手招きしていた。その横に真っ白な猫もいる。右と左の目の色が違う。オッドアイだ。幸運の猫なんて話をどこかで聞いたことがある。
さっき鳴いたのはあの猫だろうか。
「ほら、お兄さん。こっち来なって」
お婆さんの言葉に我に返り、タバコ屋の前まで歩みを進める。
何の用かわからないけど無視はできない。というか、白猫を撫でたい。
ベンチでは白髪頭の優しそうなお爺さんが座って微笑んでいる。
「あの、何か」
「何かじゃないよ。お兄さん、青白い顔をして大丈夫かい」
青白い顔。そうか、そんな顔をしていたのか。体調は悪くはないけど。
「あの、そんなに青白い顔をしていますか」
「そうだねぇ。木花の大旦那もそう思うだろう」
「確かに、心配になる顔をしているな」
心配になる顔か。そう言われると考えてしまう。
「病み上がりだからかもしれません」
「そうなのかい」
たぶん、そうだと思う。海風に吹かれたせいもあるのかな。
「なあ、フミさん。占ってやったらどうだい」
占い。このお婆さんは占いができるのか。そういえばここって、先輩の家じゃなかったか。もしかして先輩のお婆さんだろうか。先輩は空手をしていたっけ。隣の店と繋がっているのか?
「そうだねぇ。ちょっと手相を見せてもらえるかい」
裕は言われるまま両方の掌を見せた。
「左手だけでいいよ」
裕は左手という言葉に一瞬事故のことが頭を過り、息を漏らす。そのときチラッとお婆さんがこっちに目を向けたがすぐに掌へと目を戻した。
どんなこと言われるだろうか。なんだか緊張してきた。
「なるほどねぇ。ちなみに生年月日を教えてくれるかい。名前もお願いするよ」
「えっと、一九九七年十月二十日生まれの淵沢裕です」
フミは頷き「不運続きだったようだねぇ。けど、これから上向きになるはずだよ。雨のち晴れ、ときどき猫が降るでしょうって感じかねぇ」
『猫が降るでしょう』ってなんだ。雨のち晴れっていうのはなんとなくわかるけど。
「わかりづらいこと言ってしまったかねぇ。つまり、これから上向きな人生になる。それから思ってもみない嬉しいことが起きるってことだよ」
フミはニコリとして、自分の手をパシンと軽く叩いてきた。
一瞬ドキリとしたけどフミの笑顔に思わず頬を緩めた。
思ってもみない嬉しいことか。
「よかったじゃないか」
お爺さんにそう声をかけられて「はい」とだけ返答した。
「そうだ、あんたもここの店で食べて行ったらいい。からだにおいしい料理店だからね。少しは顔色もよくなるかもしれないよ」
「木花の大旦那、そりゃいいね。そうしなさいよ。孫娘の作る料理は私が言うのもなんだが絶品だよ。身体にもいい。その左手の冷たさも解消されるかもしれないよ」
左手が冷たいか。吐息を漏らし、白猫に目を向けた。
それはそうと、この店は孫娘がやっているのか。先輩かな。
先輩だとしたらどんな料理を出すのだろう。空手の胴着の先輩の姿がふと浮かぶ。男っぽい料理だろうか。顔は幼い感じだったから、優しい感じの料理だろうか。どっちにしろ気になる。
「ほらほら、ここ座りな」
「あっ、はい」
お爺さんの隣に座り、先輩を思い描いた。
「えっと、淵沢さんだったかな。あんた、ついているよ。ここ、今日から開店なんだ。いいときに来たよ」
えっ、今日から開店。これも何かの縁だろうか。
「そうなんですね。それにしても美味しそうな匂いがしますね」
「そうだろう、そうだろう」
「安祐美ちゃんの料理を食べたら、きっと惚れちまうよ」
『アユミ』って。先輩の名前か。どうにもはっきりしない。そうかもしれないし、そうではないかもしれない。
「ちょっと、木花の大旦那」
「あっ、フミさん。もしかして変なこと言っちまったかい」
木花の大旦那って。何者だろうか。和服姿だし、生け花とかお茶とかの師匠なんだろうか。違うか。師匠だったら大旦那とは言わないか。
んっ、扉が開いた。そう思ったら、可愛らしい女の子がひょっこり顔を出してきた。
「あっ、着物のお爺ちゃんだ。お客さん、第一号だね」
「おっ、里穂ちゃんもお手伝いしているのかい」
「うん、けど、もうお祖母ちゃんところに行くの。ママの邪魔になっちゃうから」
「そうか、そうか」
ママって、この子は先輩の子供なのか。どことなく先輩に似ている。結婚しているのか。ちょっと残念。
おい、何が残念だ。先輩といい関係になることを期待していたっていうのか。そんな感情が自分の中にあったのか。先輩のこと、ここへ来るまで思い出さなかったのに。なんだか変な気持ちだ。
「里穂、お客さん来ているんだったら店に案内してくれる」
奥から可愛らしい声がしてきた。先輩の声だろうか。よくかわらない。
「泥棒、誰か、誰か。その人捕まえてぇー」
突然の叫び声にハッとして商店街の奥へと目を向けた瞬間、店から小柄な女性が飛び出してきた。
あれ、あんな店あったっけ。新店舗なのか。花輪がある。
『からだにおいしい料理店・しんどふじ』か。
んっ、今猫の鳴き声がしなかったか。どこだ。
「そこのお兄さん。こっち、こっちだよ」
突然の声にそっちへ目を向けるとタバコ屋からお婆さんが手招きしていた。その横に真っ白な猫もいる。右と左の目の色が違う。オッドアイだ。幸運の猫なんて話をどこかで聞いたことがある。
さっき鳴いたのはあの猫だろうか。
「ほら、お兄さん。こっち来なって」
お婆さんの言葉に我に返り、タバコ屋の前まで歩みを進める。
何の用かわからないけど無視はできない。というか、白猫を撫でたい。
ベンチでは白髪頭の優しそうなお爺さんが座って微笑んでいる。
「あの、何か」
「何かじゃないよ。お兄さん、青白い顔をして大丈夫かい」
青白い顔。そうか、そんな顔をしていたのか。体調は悪くはないけど。
「あの、そんなに青白い顔をしていますか」
「そうだねぇ。木花の大旦那もそう思うだろう」
「確かに、心配になる顔をしているな」
心配になる顔か。そう言われると考えてしまう。
「病み上がりだからかもしれません」
「そうなのかい」
たぶん、そうだと思う。海風に吹かれたせいもあるのかな。
「なあ、フミさん。占ってやったらどうだい」
占い。このお婆さんは占いができるのか。そういえばここって、先輩の家じゃなかったか。もしかして先輩のお婆さんだろうか。先輩は空手をしていたっけ。隣の店と繋がっているのか?
「そうだねぇ。ちょっと手相を見せてもらえるかい」
裕は言われるまま両方の掌を見せた。
「左手だけでいいよ」
裕は左手という言葉に一瞬事故のことが頭を過り、息を漏らす。そのときチラッとお婆さんがこっちに目を向けたがすぐに掌へと目を戻した。
どんなこと言われるだろうか。なんだか緊張してきた。
「なるほどねぇ。ちなみに生年月日を教えてくれるかい。名前もお願いするよ」
「えっと、一九九七年十月二十日生まれの淵沢裕です」
フミは頷き「不運続きだったようだねぇ。けど、これから上向きになるはずだよ。雨のち晴れ、ときどき猫が降るでしょうって感じかねぇ」
『猫が降るでしょう』ってなんだ。雨のち晴れっていうのはなんとなくわかるけど。
「わかりづらいこと言ってしまったかねぇ。つまり、これから上向きな人生になる。それから思ってもみない嬉しいことが起きるってことだよ」
フミはニコリとして、自分の手をパシンと軽く叩いてきた。
一瞬ドキリとしたけどフミの笑顔に思わず頬を緩めた。
思ってもみない嬉しいことか。
「よかったじゃないか」
お爺さんにそう声をかけられて「はい」とだけ返答した。
「そうだ、あんたもここの店で食べて行ったらいい。からだにおいしい料理店だからね。少しは顔色もよくなるかもしれないよ」
「木花の大旦那、そりゃいいね。そうしなさいよ。孫娘の作る料理は私が言うのもなんだが絶品だよ。身体にもいい。その左手の冷たさも解消されるかもしれないよ」
左手が冷たいか。吐息を漏らし、白猫に目を向けた。
それはそうと、この店は孫娘がやっているのか。先輩かな。
先輩だとしたらどんな料理を出すのだろう。空手の胴着の先輩の姿がふと浮かぶ。男っぽい料理だろうか。顔は幼い感じだったから、優しい感じの料理だろうか。どっちにしろ気になる。
「ほらほら、ここ座りな」
「あっ、はい」
お爺さんの隣に座り、先輩を思い描いた。
「えっと、淵沢さんだったかな。あんた、ついているよ。ここ、今日から開店なんだ。いいときに来たよ」
えっ、今日から開店。これも何かの縁だろうか。
「そうなんですね。それにしても美味しそうな匂いがしますね」
「そうだろう、そうだろう」
「安祐美ちゃんの料理を食べたら、きっと惚れちまうよ」
『アユミ』って。先輩の名前か。どうにもはっきりしない。そうかもしれないし、そうではないかもしれない。
「ちょっと、木花の大旦那」
「あっ、フミさん。もしかして変なこと言っちまったかい」
木花の大旦那って。何者だろうか。和服姿だし、生け花とかお茶とかの師匠なんだろうか。違うか。師匠だったら大旦那とは言わないか。
んっ、扉が開いた。そう思ったら、可愛らしい女の子がひょっこり顔を出してきた。
「あっ、着物のお爺ちゃんだ。お客さん、第一号だね」
「おっ、里穂ちゃんもお手伝いしているのかい」
「うん、けど、もうお祖母ちゃんところに行くの。ママの邪魔になっちゃうから」
「そうか、そうか」
ママって、この子は先輩の子供なのか。どことなく先輩に似ている。結婚しているのか。ちょっと残念。
おい、何が残念だ。先輩といい関係になることを期待していたっていうのか。そんな感情が自分の中にあったのか。先輩のこと、ここへ来るまで思い出さなかったのに。なんだか変な気持ちだ。
「里穂、お客さん来ているんだったら店に案内してくれる」
奥から可愛らしい声がしてきた。先輩の声だろうか。よくかわらない。
「泥棒、誰か、誰か。その人捕まえてぇー」
突然の叫び声にハッとして商店街の奥へと目を向けた瞬間、店から小柄な女性が飛び出してきた。