「よお、フミさんにぷくちゃん」
「いらっしゃい。木花(きのはな)の大旦那」
「安祐美ちゃん、頑張っているようだね」
「ええ、あの子は頑張り屋だからね」
「本当にそうだ。でね、安祐美ちゃんの料理が早く食べたくて来ちまったよ。ちょっと早過ぎたようだけど」

 木花の大旦那はすでに隠居の身。さっきまで来ていた怠け癖のある黒部や藤とは違う。安祐美のことを心配して来てくれたんだろう。顔に滲み出ている。

「ぷく、おまえも安祐美ちゃんの料理食べたいか」
「フニャ」
「そうか食べたいか」
「木花の大旦那、ぷくは安祐美の料理を食べられませんよ」
「そうなのかい、残念だな」

 ぷくはきっとそんなことは思っていない。ぷくにとっての美味しいものはたくさんある。けど、安祐美ならぷくが喜ぶ料理も作れるだろう。今度話してみようか。
 それにしても『からだにおいしい料理』とはよく考えたもんだ。

 『身土不二(しんどふじ)』だったか。一汁一菜を基本にしているらしいが、安祐美の料理はいろいろ足されている。よく考えられたものだ。
 この間、試食させてもらってびっくりした。本来の野菜の味がしっかり残っていて幸せな気分にさせてもらった。本当に長生きしてよかった。
 安祐美には感心させてもらった。あの繊細な味わいはなかなか出せるものではない。見た目は幼いし、行動は荒っぽいところもあるし繊細の『せ』の字も感じられない子だと思っていたけどたいしたものだ。それはちょっと言い過ぎだろうか。修行の賜物(たまもの)ってことか。
 フミは安祐美が子供だったころのことを思い出して頬を緩ませた。
『目指せ、全国大会』
 そんな言葉を安祐美は声を張り上げていた。一時期は空手で日本一になるなんて稽古に励んでいたけど、結局日本一にはなれなかった。怪我で断念したときのあの涙を思い出すと泣けてくる。けど、あの子はそこで落ち込むことはなかった。空手はスパッとやめてしまい料理人になると言い出して、びっくりさせたものだ。

 そうかと思ったら、数年後には働いていた店の板前と結婚だろう。安祐美はいい笑顔していた。なのに、まさか交通事故死してしまうとは。未亡人になるのが早過ぎる。
 辛い思いしだだろうに。それでも安祐美は負けなかった。店を構えるまでになったんだから、人生何が起こるかわからない。
 旦那の遺志を継ぐため頑張ったのか。娘の里穂がいたから頑張れたのか。どちらにせよ、強い子だ。
 一度決めたらとことんやり抜く子だ。その意志の強さには感心する。空手で精神も鍛えられていたってことだろう。
 そんな安祐美だからこそ、今がある。
 大丈夫、きっと成功するはず。占いでもそう出ていたから問題ないだろう。
 自分で言うのもなんだが、的中率は良いほうだと思う。もちろん占いを本業にしている占い師には敵わないだろう。趣味にちょっと毛が生えた程度の占いだから。それでも少しは自信がある。そんな占いの結果で花が咲くと出た。それを信じようじゃないか。安祐美にとっていいことが待っているはずだ。

『手伝えることがあればいつでも協力するつもりでいるからねぇ』

 壁越しにフミは声援を送った。そのとたん、安祐美の顔が頭に浮かび少しだけ口角を上げた。

「どうしたんだい、フミさん」
「いや、ちょっと安祐美の幼い顔を思い出しちまってねぇ。まるで子供が料理をしているみたいじゃないか」
「確かにね。知らない人が来たら、子供が手伝っていると勘違いするだろうね」

 木花の大旦那は目尻を下げて笑みを浮かべている。

「あっ、安祐美にはこの話は内緒だよ」
「わかっているよ」
「安祐美の料理の味は絶品だからねぇ。顔で料理の腕を判断する客がいたら乗り込んで叱ってやるつもりだよ」
「フミさん、それはいけないよ」
「あっ、もちろん冗談だよ。安祐美の邪魔はしないさ」

 そうだとも、乗り込んだりしたら迷惑かけちまう。そんなことはしない。料理を一口食べればわかることだ。きっと安祐美に()れちまうかもしれない。いやいや、それもいけない。悪い虫がつかないようにしっかり目を光らせていなきゃ。

「ああ、早く食べたくなってきた。開店まで待てないな」
「しょうがないねぇ。ところで木花の大旦那、宝くじでもどうだい」
「宝くじかい。そうだね、たまにはいいかもしれないね。じゃ十枚だけいただこうか」
「ニャ」

 ムクッとぷくが起き上がり、ペシッとひとつの宝くじの束を押さえつけた。

流石(さすが)、ぷく。これがいいようだよ」
「そうかい、そうかい。ぷくちゃん、ありがとう」

 木花の大旦那に首筋を撫でられてぷくは気持ち良さそうに目を細めていた。もしかしたら大当たりするかもしれない。いや、木花の大旦那には大当たりは必要ないだろうか。なら、小当たりだろうか。ぷくの反応が怠け者の黒部とは違っていたから、ハズレはないだろう。
 福猫とはよく言ったものだ。白猫だから余計に縁起がいいなんて(ちまた)では噂されている。
 ぷく目当てにやってくる客は多い。一等を引き当てた人は今のところいないが、二等と三等の高額当選金を引き当てた幸運な人はいる。ここ三年で二等が二人、三等が六人だ。まあまあの高確率だと思う。
 ぷく様様だ。

「あっ、フミさん。開店するまでちょっと待たせてもらうからね」
「ちょっと寒くなってきたから、出直してきたほうがいいんじゃないかい」
「いや、大丈夫」

 木花の大旦那はにこりとして店の脇にあるベンチに腰を下ろしていた。