新田は奥さんとうまくやっているだろうか。あれから二ヶ月経つっていうのに、連絡はまだない。あまり他所の家庭のことに首を突っ込むつもりはないが気にはなる。
それにしても今日は寒い。もう五月だぞ。裕は曇天空を見上げた。
「うわっ」
な、なんだ。
くそっ、やられた。油断していた。あのときの泥棒猫だ。違う、ムギだ。
こいつ落ちて来るのが好きなのか。
「こんばんは」
「あ、高木さん」
「よかったら珈琲でもどうですか」
カフェわた雲から珈琲のいい匂いが香ってくる。店主の高木の笑顔が一瞬福の神に見えた。どうしようか。いやいや、ダメだ。
「これから『しんどふじ』に行くのですみません」
「そうなんですね。あっ、もしかしてそれ安祐美ちゃんにプレゼント」
手に提げていた紙袋を指差し高木がニコリとする。
「まあ、そんなところです」
なんだか照れ臭くなってしまって頭を掻いた。
「誕生日ですもんね。もしかして、安祐美ちゃんに告白しちゃうとか」
えっ、告白。いや、それはまずいでしょ。結婚している人に告白だなんて。
「ちょっと、冗談はやめてくださいよ。安祐美先輩は結婚しているのに」
「えっ、淵沢くんは知らないの」
知らないのって何を。
「安祐美ちゃんの旦那さんは交通事故で亡くなっているのよ」
「そうなんですか」
知らなかった。考えてみれば、旦那の影すら感じられなかった。まさか亡くなっていたなんて。そうなのか。裕は急に胸が苦しくなった。やっぱり不幸なのは自分だけじゃない。悲しい思いを安祐美はしてきたのか。
「淵沢くん、どうかした」
「あっ、いえ、なんでもありません。僕、全然知らなくて。いろいろあったんだなって思ったらちょっと泣けてきちゃいました。涙もろくて、変ですよね」
「そんなことないわよ。淵沢くん、いい人だし。安祐美ちゃんを守ってあげてね」
「はい。あっ、いえ。その。ぼ、僕じゃちょっと頼りないし」
高木が笑いを堪えている。
「ごめんなさい。大丈夫よ。淵沢くんなら」
高木は握り拳を作って、「ファイト」と応援してくれた。
「ありがとうございます」
裕は会釈すると『しんどふじ』へと足を向けた。
安祐美が独身だったとは。それならば。いやいや、それは。
自分は無職だし、告白なんて無理だ。するなら仕事をみつけてきちんとしてからだ。おいおい、何を考えている。里穂もいるんだぞ。『お父さんって呼べないよ』なんて言われたらどうする。
馬鹿、馬鹿。妄想が酷すぎる。
ああもう、どうしたらいい。とにかく落ち着け。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。そんなところで何をしているの。顔が赤いし風邪でも引いたんじゃないの」
えっ。
「ああ、里穂ちゃん」
いつの間にか『しんどふじ』の店の前まで来ていた。
「お兄ちゃん、どうぞ」
里穂に促されて店内へ入る。
「いらっしゃい」
「はい、いらっしゃいました」
「なにそれ。変なの」
里穂に笑われてしまった。確かに変だけど。どうも嬉しい情報に舞い上がってしまっているようだ。変なテンションになっている。そうだ、プレゼント。
「あの、これ喜んでもらえるかわからないけど作ってみたんです。新聞紙で作った招き猫の壁掛けです」
「淵沢くんが作ったの、これ」
「はい」
紙袋から取り出して安祐美に渡すと「すごい。こんなの作れるんだ」と目を輝かせていた。
「ママ、里穂にも見せて」
安祐美が里穂のほうに招き猫を見せると「うわぁー、本当にすごい。これ本当に新聞紙なの」とこっちに飛んできた。里穂の目がキラキラしている。親子でそっくりな反応だ。
こんなに喜んでもらえると作り甲斐がある。持ってきてよかった。
安祐美は早速飾る位置を確認していた。
***
んっ、なんだ。
安祐美からLINE通知がきている。
えっ、えええ。
『しんどふじ』に飾られた新聞紙アートの招き猫がSNSでバズっているらしい。欲しいと言っている人がいるとか。これって、もしかして。
もう一つLINE通知がある。
『淵沢、俺、やり直せそうだ』
新田、やったじゃないか。
こんな嬉しいニュースが重なるなんて。これって運が上向きになって来たってことか。そうだ、そうに違いない。このチャンスをものにしなくちゃ。
こうなったら、安祐美に告白するしかない。いざ『しんどふじ』へ。
(完)
それにしても今日は寒い。もう五月だぞ。裕は曇天空を見上げた。
「うわっ」
な、なんだ。
くそっ、やられた。油断していた。あのときの泥棒猫だ。違う、ムギだ。
こいつ落ちて来るのが好きなのか。
「こんばんは」
「あ、高木さん」
「よかったら珈琲でもどうですか」
カフェわた雲から珈琲のいい匂いが香ってくる。店主の高木の笑顔が一瞬福の神に見えた。どうしようか。いやいや、ダメだ。
「これから『しんどふじ』に行くのですみません」
「そうなんですね。あっ、もしかしてそれ安祐美ちゃんにプレゼント」
手に提げていた紙袋を指差し高木がニコリとする。
「まあ、そんなところです」
なんだか照れ臭くなってしまって頭を掻いた。
「誕生日ですもんね。もしかして、安祐美ちゃんに告白しちゃうとか」
えっ、告白。いや、それはまずいでしょ。結婚している人に告白だなんて。
「ちょっと、冗談はやめてくださいよ。安祐美先輩は結婚しているのに」
「えっ、淵沢くんは知らないの」
知らないのって何を。
「安祐美ちゃんの旦那さんは交通事故で亡くなっているのよ」
「そうなんですか」
知らなかった。考えてみれば、旦那の影すら感じられなかった。まさか亡くなっていたなんて。そうなのか。裕は急に胸が苦しくなった。やっぱり不幸なのは自分だけじゃない。悲しい思いを安祐美はしてきたのか。
「淵沢くん、どうかした」
「あっ、いえ、なんでもありません。僕、全然知らなくて。いろいろあったんだなって思ったらちょっと泣けてきちゃいました。涙もろくて、変ですよね」
「そんなことないわよ。淵沢くん、いい人だし。安祐美ちゃんを守ってあげてね」
「はい。あっ、いえ。その。ぼ、僕じゃちょっと頼りないし」
高木が笑いを堪えている。
「ごめんなさい。大丈夫よ。淵沢くんなら」
高木は握り拳を作って、「ファイト」と応援してくれた。
「ありがとうございます」
裕は会釈すると『しんどふじ』へと足を向けた。
安祐美が独身だったとは。それならば。いやいや、それは。
自分は無職だし、告白なんて無理だ。するなら仕事をみつけてきちんとしてからだ。おいおい、何を考えている。里穂もいるんだぞ。『お父さんって呼べないよ』なんて言われたらどうする。
馬鹿、馬鹿。妄想が酷すぎる。
ああもう、どうしたらいい。とにかく落ち着け。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。そんなところで何をしているの。顔が赤いし風邪でも引いたんじゃないの」
えっ。
「ああ、里穂ちゃん」
いつの間にか『しんどふじ』の店の前まで来ていた。
「お兄ちゃん、どうぞ」
里穂に促されて店内へ入る。
「いらっしゃい」
「はい、いらっしゃいました」
「なにそれ。変なの」
里穂に笑われてしまった。確かに変だけど。どうも嬉しい情報に舞い上がってしまっているようだ。変なテンションになっている。そうだ、プレゼント。
「あの、これ喜んでもらえるかわからないけど作ってみたんです。新聞紙で作った招き猫の壁掛けです」
「淵沢くんが作ったの、これ」
「はい」
紙袋から取り出して安祐美に渡すと「すごい。こんなの作れるんだ」と目を輝かせていた。
「ママ、里穂にも見せて」
安祐美が里穂のほうに招き猫を見せると「うわぁー、本当にすごい。これ本当に新聞紙なの」とこっちに飛んできた。里穂の目がキラキラしている。親子でそっくりな反応だ。
こんなに喜んでもらえると作り甲斐がある。持ってきてよかった。
安祐美は早速飾る位置を確認していた。
***
んっ、なんだ。
安祐美からLINE通知がきている。
えっ、えええ。
『しんどふじ』に飾られた新聞紙アートの招き猫がSNSでバズっているらしい。欲しいと言っている人がいるとか。これって、もしかして。
もう一つLINE通知がある。
『淵沢、俺、やり直せそうだ』
新田、やったじゃないか。
こんな嬉しいニュースが重なるなんて。これって運が上向きになって来たってことか。そうだ、そうに違いない。このチャンスをものにしなくちゃ。
こうなったら、安祐美に告白するしかない。いざ『しんどふじ』へ。
(完)