「いらっしゃいませ」
着物姿の里穂が両手を前にそろえてお辞儀する。お人形さんみたいだ。
「里穂ちゃん、こんにちは」
「お兄ちゃん、こんにちは」
里穂の笑みは心を救われる。ここなら、新田の心も救われるかもしれない。
「淵沢くん、いらっしゃい。今日は友達も連れてきてくれたの」
「ええ、まあ」
里穂が以前と同じように危なっかしい感じでお茶を運んで来た。新田の前にお茶を出したとき「ママの料理食べれば元気いっぱいになれるよ」と声をかけていた。
チラッと新田の顔を見遣ると里穂に向けて笑みを返していた。里穂から癒しを貰えただろうか。
「新田、話は食べてからにしよう」
「俺、食欲ないんだけど」
「それじゃ、特別メニューにします。心も身体も喜ぶ料理を作りますからね」
新田はチラッと安祐美を見遣りすぐに下を向いてしまった。
「ねぇねぇ、お茶冷めちゃうから飲んで」
里穂の笑顔が覗き込み、自然と笑みが零れた。
「あっ、ごめんね。里穂ちゃんがせっかく入れてくれたんだもんね」
裕は新田に目で合図をしてお茶を飲むように促した。
新田は小さく息を吐き緑茶をみつめている。
「まずは春キャベツの浅漬けとほうれん草とブロッコリーの胡麻和えね。お味噌汁は長いもとカブの葉ですからね」
流石、手際がいい。行く前に連絡しておいてよかった。
「新田、見てみろ。美味そうだろう」
「……」
ダメか。一口でもいいから食べてくれたら。
安祐美は微笑み「それじゃお二人の新たなスタートのためにも丹精込めて作りますね」と手を動かしていた。
そうだ、新たなスタートにしなきゃ。
「元気になって病気なんて吹っ飛ばせ」
突然、里穂が叫びビクッとする。里穂なりに励ましてくれているのだろう。いい子だ。
「二人ともメインもすぐ出来上がるからどうぞ。あっ、そうそう今日は大根と豚バラの炊き込みご飯ですからね。里穂、よそって出してくれる」
「はーい」
大根と豚バラのごはんか。
裕はそう思いながら目の前の春キャベツの浅漬けを口にいれた。シャキシャキして美味い。ほうれん草とブロッコリーの胡麻和えもいい。朝採れ野菜だって話していたからな。やっぱり新鮮な野菜は違う。長いもが入った味噌汁なんてはじめてだけどこれもいける。カブの葉も具として使えるんだとひとり頷いた。
「はい、炊き込みご飯、どうぞ」
「おっ、良い香りだ。ありがとう」
新田のところにも炊き込みご飯を置くと里穂が「どうかな。ママの料理美味しいでしょ」と話しかけていた。
「う、うん、美味い」
新田の目に涙が光っていた。
何を考えているのかわからないが、今はそっとしておこう。
新田は最初こそ少ししか口に運んでいなかったが、だんだん口に運ぶ量が増えていた。
食欲がないと言っていた新田が食べている。やっぱり安祐美は凄い料理人だ。
「はい、できましたよ。鮭のネギ焼きです。どうぞ召し上がれ」
良い匂いだ。
カウンターに置かれた鮭を見遣り、ごくりと唾を飲み込んだ。
「ネギは胃腸にやさしいし、疲労回復効果があるんですよ」
安祐美の言葉に頷いていると新田の目から涙が滑り落ちた。
「全部美味しいです。キャベツもほうれん草も大根も、田舎の母がよく出してくれていて。なんだか母にガンバレって励まされているようで……。ありがとうございます」
田舎の母の味か。そう言われればどこか懐かしいような味に思えてきた。
裕は新田の肩にそっと手を置くと目を見て頷いた。
「お母さんもきっと身体のこと考えて旬の野菜を食べさせてくれていたのね。素敵な人ですね」
安祐美の言葉に頷きつつ、再び新田に目を向ける。
「ええ。いつも俺のことばっかりで自分のことそっちのけで。だから、早くにいっちまって……」
「新田」
悲しいこと思い出させてしまった。ここへ連れて来たのは間違いだったろうか。
「淵沢、ありがとうな。俺、ここの料理食べたら頑張れる気がしてきた。不思議だな。おまえともっといろいろと話さなきゃいけないし。あいつともやり直したい。離婚なんてしたくない。また三人で暮らしたい」
「そうだな。それには頑張らなきゃな」
「ああ」
***
ああ、星が綺麗だ。
新田が少しでも前向きな考えを持ってくれてよかった。そういえば誰かが食べることは生きることだなんて話をしていた気がする。違ったっけ。
着物姿の里穂が両手を前にそろえてお辞儀する。お人形さんみたいだ。
「里穂ちゃん、こんにちは」
「お兄ちゃん、こんにちは」
里穂の笑みは心を救われる。ここなら、新田の心も救われるかもしれない。
「淵沢くん、いらっしゃい。今日は友達も連れてきてくれたの」
「ええ、まあ」
里穂が以前と同じように危なっかしい感じでお茶を運んで来た。新田の前にお茶を出したとき「ママの料理食べれば元気いっぱいになれるよ」と声をかけていた。
チラッと新田の顔を見遣ると里穂に向けて笑みを返していた。里穂から癒しを貰えただろうか。
「新田、話は食べてからにしよう」
「俺、食欲ないんだけど」
「それじゃ、特別メニューにします。心も身体も喜ぶ料理を作りますからね」
新田はチラッと安祐美を見遣りすぐに下を向いてしまった。
「ねぇねぇ、お茶冷めちゃうから飲んで」
里穂の笑顔が覗き込み、自然と笑みが零れた。
「あっ、ごめんね。里穂ちゃんがせっかく入れてくれたんだもんね」
裕は新田に目で合図をしてお茶を飲むように促した。
新田は小さく息を吐き緑茶をみつめている。
「まずは春キャベツの浅漬けとほうれん草とブロッコリーの胡麻和えね。お味噌汁は長いもとカブの葉ですからね」
流石、手際がいい。行く前に連絡しておいてよかった。
「新田、見てみろ。美味そうだろう」
「……」
ダメか。一口でもいいから食べてくれたら。
安祐美は微笑み「それじゃお二人の新たなスタートのためにも丹精込めて作りますね」と手を動かしていた。
そうだ、新たなスタートにしなきゃ。
「元気になって病気なんて吹っ飛ばせ」
突然、里穂が叫びビクッとする。里穂なりに励ましてくれているのだろう。いい子だ。
「二人ともメインもすぐ出来上がるからどうぞ。あっ、そうそう今日は大根と豚バラの炊き込みご飯ですからね。里穂、よそって出してくれる」
「はーい」
大根と豚バラのごはんか。
裕はそう思いながら目の前の春キャベツの浅漬けを口にいれた。シャキシャキして美味い。ほうれん草とブロッコリーの胡麻和えもいい。朝採れ野菜だって話していたからな。やっぱり新鮮な野菜は違う。長いもが入った味噌汁なんてはじめてだけどこれもいける。カブの葉も具として使えるんだとひとり頷いた。
「はい、炊き込みご飯、どうぞ」
「おっ、良い香りだ。ありがとう」
新田のところにも炊き込みご飯を置くと里穂が「どうかな。ママの料理美味しいでしょ」と話しかけていた。
「う、うん、美味い」
新田の目に涙が光っていた。
何を考えているのかわからないが、今はそっとしておこう。
新田は最初こそ少ししか口に運んでいなかったが、だんだん口に運ぶ量が増えていた。
食欲がないと言っていた新田が食べている。やっぱり安祐美は凄い料理人だ。
「はい、できましたよ。鮭のネギ焼きです。どうぞ召し上がれ」
良い匂いだ。
カウンターに置かれた鮭を見遣り、ごくりと唾を飲み込んだ。
「ネギは胃腸にやさしいし、疲労回復効果があるんですよ」
安祐美の言葉に頷いていると新田の目から涙が滑り落ちた。
「全部美味しいです。キャベツもほうれん草も大根も、田舎の母がよく出してくれていて。なんだか母にガンバレって励まされているようで……。ありがとうございます」
田舎の母の味か。そう言われればどこか懐かしいような味に思えてきた。
裕は新田の肩にそっと手を置くと目を見て頷いた。
「お母さんもきっと身体のこと考えて旬の野菜を食べさせてくれていたのね。素敵な人ですね」
安祐美の言葉に頷きつつ、再び新田に目を向ける。
「ええ。いつも俺のことばっかりで自分のことそっちのけで。だから、早くにいっちまって……」
「新田」
悲しいこと思い出させてしまった。ここへ連れて来たのは間違いだったろうか。
「淵沢、ありがとうな。俺、ここの料理食べたら頑張れる気がしてきた。不思議だな。おまえともっといろいろと話さなきゃいけないし。あいつともやり直したい。離婚なんてしたくない。また三人で暮らしたい」
「そうだな。それには頑張らなきゃな」
「ああ」
***
ああ、星が綺麗だ。
新田が少しでも前向きな考えを持ってくれてよかった。そういえば誰かが食べることは生きることだなんて話をしていた気がする。違ったっけ。