「ママ、今日もお客さんいっぱい来てくれたらいいね」
「そうね」
「あのね」
「なに?」
「今日、里穂もお店に居ちゃダメかな」
「えっ、どうして」
「うんとね。どうしても手伝いたいの」
「どうしても」

 安祐美の問い掛けに大きく頷く里穂。
 安祐美はフッと笑みを浮かべて里穂の頭を撫でた。

「それじゃ邪魔しないって約束してくれる」
「うん、邪魔しないよ。里穂、いい子にしているもん」
「なら、手伝ってもらおうかな」
「やったー」

 里穂は飛び跳ねると、奥の自宅へ勢いよく駆け出した。階段を上る音が微かに聞こえてくる。何をしに行ったんだろう。
 まあいい。準備、準備。今日も気合い入れて頑張ろう。
 朝採れの新鮮な野菜も父が運んできてくれた。肉も魚もOK。
 デザートも準備OK。竹林さんにお願いしてよかった。和菓子だけじゃなく洋菓子もあるなんて知らなかった。リクエスト通りの出来栄えに大満足。昨日出した『おからクッキー』も好評だった。柳原豆腐店にも感謝だ。
 みんなに負けないようにしなきゃ。自己満足で終わらないようにしなきゃ。
 今日のごはんもいい感じだ。
 あとは開店を待つのみ。
『あなた、私頑張っているからね。見守ってください』
 安祐美は上を見ながら天国の夫に手を合わせる。

「ママ、見て、見て」
「どうしたの、それ。可愛い」
「でしょ、でしょ。お祖母ちゃんが古着で作ってくれたんだ。これ着て、お客さんにお茶出ししたい」

 お茶出し。それはちょっと。

「ママ、練習したの。だから大丈夫だから。ねっ」
「本当に」
「ほんとうのほんとうの、ほんとうだよ」

 笑顔の里穂が輝いて見えた。お茶を零して火傷をしないか心配だけど、任せてみよう。

***

 どうすりゃいい。
 わかっているだろう。新田に連絡すればいいだけだ。けど……。けどじゃない。
 空を見上げて溜め息を漏らす。もうじき陽が沈む。

「おっ、青年。まだ(しぼ)んだ顔しているな」

 萎んだ顔ってなんだ。振り返ると海で会ったお爺さんがいた。

「ほら、うちのパンでも食べて元気出せ」

 そうかパン屋の人だったのか。だったら半分のアンパンじゃなくて一個くれればよかったのに。いやいや、それは違う。人の善意をそんなふうに思っちゃダメだ。

「カレーパンがいいか。それとも、うぐいすパンがいいか」

 今、パンはいい。『しんどふじ』に行くつもりだ。

「あの、ですね」
「遠慮するなって何がいい」
「いや、その」
「よし、オススメを持っていけ」

 ダメだ。やっぱり人の話を聞いてくれない。いや、ここはきちんと断らなきゃ。裕はお爺さんが話し続けるのをどうにか割り込んで「これから『しんどふじ』に行くんです。なので、今日はすみません」と頭を下げた。

「そうか、安祐美ちゃんところに行くのか。じゃ、しかたがない」

 話が通じた。強引にでも話せば大丈夫だったのか。

「それじゃお土産(みやげ)にカレーパンとうぐいすパンとよもぎパンを持っていけ」

 結局そうなるのか。お土産か。そうだな、手土産のひとつもあったほうがいい。安祐美のところに持っていこう。

「青年、元気出せよ」
「あっ、はい」

 この町の人はみんな優しいな。