あいつ鍵を落として行っちまった。
　裕は鍵を拾い、走り去る猫を見遣る。追いかけっこもおしまいか。

「いったい、何をしているんだい」

　振り返るとフミがいた。『しんどふじ』まで戻ってきてしまったのか。

「猫にこれ取られちゃって。追いかけてきたんです」

　裕はフミに鍵を見せて頭を掻いた。

「そりゃ、災難だったね。けど、ポケットから奪うはずがないからねぇ。落とした鍵を拾ってくれたんじゃないのかい」

　確かに、そういう考えもあるか。これは感謝するべきなのか。

「そんなことする猫は、もしかしたらカフェわた雲のムギかねぇ」
「そういえば、カフェの前だったかも」
「そうかい、そうかい。あの子は賢いからね。そうだ、よかったら宝くじでも買っていかないかい。もう店じまいしちまったけど、これも何かの縁だ。この子が大当たりくじ選んでくれるかもしれないし」

　この白猫が。まさか。

「運試し、してみるかい」

　なんだか買いたくなってきた。商売上手だ。

「それじゃ、スクラッチを十枚買います」
「スクラッチだねぇ。今だと三種類あるけど、どうする。一等が三十万円のと三百万円のと二千万円のとあるけど」

　そんなに種類があるのか。
　フミのすぐ横にいる白猫がじっとみつめてくる。自分を見定めているみたいで、身の引き締まる思いがした。

「じゃ、二千万円のスクラッチを十枚お願いします」

　裕はそう口にしてぷくの頭を撫でた。目を細めて気持ち良さそうにしている。

「はいよ。ちょっと待っておくれ」

　フミはシャッターを開け、店の中へ。

「お待ちどおさま。じゃ、ぷく。選んであげておくれ」

　フミがスクラッチを並べてぷくに言葉をかける。
　ぷくは、またじっとこっちを見てからスクラッチへと目を移す。本当に選んでいるみたいだ。ぷくは小さく口をあけたと同時にひとつのスクラッチの袋にポンと左手を置こうとして引っ込めると、並んでいないスクラッチを銜え取った。

「おや、これかい」

　ぷくの選んでくれたスクラッチは一等三百万のものだった。
　なるほど、自分はこっちが妥当だってことか。

「選んでくれて、ありがとう」
「幸運が訪れますように」

　フミに会釈をして裕は家路に着いた。
　大当たりするだろうか。もしも当たったら、猫のムギにも御馳走しなきゃ。ぷくにもか。

＊＊＊

　裕は家に帰るなり階段を上がり自分の部屋に直行した。よし、スクラッチを削ろう。
　大当たりか。大ハズレか。テンションが爆上がりだ。
　一枚目はハズレか。よし、次。
　おぉっ、もしかして。なんだ、二百円か。次こそ、当たれ。
　おお、来た。千円。
　あと三枚。
　不意に猫のぷくの顔が思い浮かぶ。もしかして、大当たりくるのか。来い、来い。

「裕、宝くじもいいけど、これ見てみな。凄いものみつけたんだよ」
「えっ、凄いもの」

　タブレットを手に母が見せてきたのは、新聞紙で作成された動物たちだった。これ、新聞紙なのか。凄い。

「裕、手先起用だから作れるんじゃないのかと思って。リハビリにもなりそうだし」
「これを、自分が」

　新聞紙アートっていうのか。出来るかわからないけど、面白そうだ。