「ママ、あのおじさん、元気になったかな」
「そうね、少しは顔に赤みが出ていたとは思うけどね。通ってくれたら心も身体も元気になるかもね」
「そっか」
「あっ、里穂。お祖母ちゃんのところに居てって言ったじゃない」

 里穂は舌をちょっと出して「ごめんなさい」と謝った。

「まあいいわ。今はお客さんいないし。あと、おじさんって呼ばないでお兄さんって呼んであげてね。淵沢くんはママより若いのよ」
「えええ、嘘だぁ。どうみてもおじさんだよ」

 安祐美は洗い物の手を止め、吹き出した。老け顔だから仕方がないけど。きっと、おじさんって言われて傷ついただろう。自分が中学生と間違わられるのと同じ。言われ過ぎて慣れてしまったけど。
 それにしてもこっちに戻っているとは思わなかった。しかも、死の淵を彷徨(さまよ)っていたなんて。開店日に再会するのもびっくり。縁を感じちゃう。
 淵沢裕か。
 当時はそれほど気にしていなかったのに。いや、気になっていたのだろうか。懐かしい高校時代の思い出がふと胸の内を熱くさせた。ちょっと頼りないところはあったけど優しかった。今も変わっていない。死にかけたっていうのに相手のことを気にしていた。本当にお人好しだ。そこが彼のいいところ。なんだかそんな姿を見たら応援したくなってきてしまった。自分もお人好しなのだろうか。

「ママ」
「えっ、どうかした」
「どうかって、なんか上のほうずっとみつめていたよ。なにかいるの?」
「そうだったかな。ちょっと考え事していただけよ」
「そっか。パパが会いに来ているのかと思っちゃった」
「えっ」

 安祐美は天井にもう一度目を向けて、いないことを確認する。
 里穂もおかしなことを言う。でも、本当にいたとしたら。
『あなた、私に力を貸してね』
 見えないだけでどこかで応援してくれていたらいいな。

「ママ、パパがきっと笑っているよね」
「そうね」
「いっつもそうだったもんね」