この町に帰って来てよかった。
『力を貸す』か。まさかそんなこと言ってくれるとは思わなかった。
『安祐美先輩、ありがとう』

 もう真っ暗だ。ずいぶん長居していたようだ。
 あっ、流れ星。
 裕は目を閉じて手を合わせた。
 うおっ、なんだ。なんか降って来た。猫か。

「驚かせるんじゃないぞ」

 上から猫の鳴き声がして、なるほどとなった。あいつに落とされたのか。屋根の上から見下ろす白黒猫。下ではこっちをみつめるトラ猫がいる。

「言っておくが、おまえを落としたのはあいつだぞ」

 裕はしゃがみ込み、トラ猫を撫でようと手を伸ばす。あっ、行ってしまった。残念。
 そういえばここの商店街の名前は『猫沢商店街』だった。以前から猫が多いところだったっけ。
 ひんやりする風にブルっと震えた。早く帰ろう。春だっていうのに、夜はまだ寒いな。
 小走りで商店街を進み、親子連れとすれ違い不意に新田のことが頭に浮かんだ。あいつ、どうしているだろう。無職になって奥さんと離婚なんてことになっていなきゃいいけど。
 痺れた左手をみつめ、息を吐く。
 新田にも『しんどふじ』の料理を食べさせたい。あそこなら、きっと心を開いて話せる。誘ってみようか。ダメだ。連絡先を知らない。どうしたものか。
 おや、あいつ。さっきの猫か。なにか(くわ)えているみたいだけど。あれは鍵か。
 もしかしてと思い裕はポケットに手を突っ込んだ。
 ない、やっぱり、ない。

「その鍵、僕のだよな」

 猫に向かってそう問い掛けたら、鍵を銜えたまま脇を走り抜けていった。

「おい、待てよ」

 まったく悪戯猫(いたずらねこ)が。まあ、猫と追いかけっこも悪くはないか。どうせ、暇だし。走れば身体もあたたまるだろう。一石二鳥だ。

「おーい、待て、待て。鍵を返してくれ」

***