あっ、思い出した。箕田安祐美だ。これも料理のおかげなのか。それともこの店のアットホームな雰囲気がいいのか。なんだか頭が冴え渡っている。チラッと安祐美に目を向け、ほんの少し口角を上げた。
料理に集中する安祐美のキリッとした表情が素敵だ。
本当に手際がいいな。もう木花の大旦那の前に料理が。
『キノコの炊き込みご飯』と『豆乳シチュー』『奈良漬け』『桜エビと春大根のサラダ』を堪能していた。小鉢には煮物もある。もちろん、春キャベツの味噌汁もある。
「シチューが食べたいのかい」
木花の大旦那にそう告げられて「あっ、いや、そういうわけじゃ」と頭を掻いた。
「その豆乳シチューはね。新じゃがいも、春人参、ブロッコリー、新玉ねぎ、菜の花を入れたの。あと鶏肉も入っているわ。そうそう、玄米粉に塩麴も入っているんだから栄養満点よ」
安祐美の説明を聞いているだけで、涎が出てきそうだ。
「よかったら、ちょっと味見してみる」
「えっ、あっ、じゃ一口だけ」
安祐美の言葉に甘えてしまった。なんだか食い意地が張っているみたいで恥ずかしい。
「どうだ、若いの。美味いだろう」
「ええ、最高です。なんだか野菜のやさしい甘味がありますね」
「そうだろう、そうだろう」
「ありがとう」
安祐美の笑みが輝いて見えた。心臓がドキドキする。胃袋を掴まれるとはこういうことなのか。安祐美が独身だったらよかったのに。
自分はいったい何を思っているのだろう。変な考えは起こしちゃダメだ。
「どれも美味しくて、通いたくなるな」
「嬉しい」
「そういえば、ここってメニューはないの」
「メニューはないの。日替わりおまかせ料理だけ。というか言わなかったっけ」
うわっ、睨まれた。
「ごめん、そうだった」
「まあいいか。でね、『料理で健康に』がこの店のコンセプトなの。だから淵沢くんに出した料理は特別なのよ」
また『特別』だなんて。完全に安祐美に心が持っていかれちまう。
「特別だなんて、羨ましいねぇ」
裕は頭を掻いて照れ笑いを浮かべた。
「淵沢くんは、本当に不健康そうだからよ」
そんなに不健康に見えるのか。そりゃそうか。少し前まで意識不明だったんだから、すぐに元には戻らないか。
裕は気づくと、自分のこれまでの境遇を話していた。安祐美も木花の大旦那も最後まで聞いてくれた。それだけでほんの少し心が軽くなった気がする。
「あっ、そうそうデザートに『ニンジンゼリー』があるからね」
「おお、いいね。もらおうか」
木花の大旦那はすぐにそう応じたが、裕は迷った。財布にいくら入っていただろうか。今更だけど、お金、足りるかな。
「淵沢くん、どうかした」
「あっ、いえなんでもないです」
「もしかしてお金の心配かな」
す、鋭い。
「図星みたいね。気にしないで、デザートはサービスするから。それに私の店は良心的な値段だから心配ないわよ」
「なんでもお見通しってことだな」
木花の大旦那が目尻を垂れ下げて微笑んでいた。
裕は頭を掻いてニンジンゼリーを受け取り、「ちなみに、いくら」と訊ねると安祐美は「おまかせセットで一律九百八十円よ。で、デザートとドリンク付きがプラス二百円ね」と告げた。
なるほど、高くはない。いや、この料理が出てくるとなると安いか。
「おお、このゼリーも美味しいね」
「ありがとうございます。このニンジンゼリーは商店街の竹林さんでも売っていますから、気に入ったらそちらでも購入してみてくださいね」
スプーンで掬うい口に入れると、優しい甘さが口に中に広がった。これはニンジンだけじゃないかも。
「先輩、これもしかしてリンゴも入っていますか」
「あら、よくわかったわね」
「あと、ハチミツ」
「正解。淵沢くん、すごいね」
そんなに褒められると照れる。
「ああ、お腹いっぱいだ。安祐美ちゃんの料理のおかげで長生きできそうだよ。ありがとうよ」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。野菜たっぷりのスムージーもどうぞ」
「安祐美ちゃんすまないがもうお腹いっぱいで。申し訳ないが、私はこれで」
木花の大旦那は一万円札をカウンターに置くと「お釣りはいらないよ。少ないけど開店祝いだと思ってくれ。それと、これもなにかの縁だ。そっちのお兄さんのぶんもね。奢りだよ」と笑みを浮かべて店を出ていった。
「いや、ちょっと」
そう声をかけたが安祐美に「奢ってもらいなよ。断ったりしたら大旦那さんの気分を害しちゃうからさ」と頬を緩ませていた。
安祐美の言葉も一理あるか。
「あっ、僕も行くね。ごちそうさま」
「ちょっとスムージー飲んでいってよ」
そうだった。裕は一気にスムージーを飲み干して「じゃ、また」と手を振った。
「今日はありがとう。あと、事故のことだけどやっぱり新田さんって人ときちんと話をしたほうがいいと思うよ」
突然の安祐美の言葉に意表を突かれて一瞬動きを止めてしまった。
「ごめんね。大きなお世話だったかな。けど、私でよければ力を貸すからね」
「あ、ありがとう」
裕はそれだけ口にすると店をあとにした。
料理に集中する安祐美のキリッとした表情が素敵だ。
本当に手際がいいな。もう木花の大旦那の前に料理が。
『キノコの炊き込みご飯』と『豆乳シチュー』『奈良漬け』『桜エビと春大根のサラダ』を堪能していた。小鉢には煮物もある。もちろん、春キャベツの味噌汁もある。
「シチューが食べたいのかい」
木花の大旦那にそう告げられて「あっ、いや、そういうわけじゃ」と頭を掻いた。
「その豆乳シチューはね。新じゃがいも、春人参、ブロッコリー、新玉ねぎ、菜の花を入れたの。あと鶏肉も入っているわ。そうそう、玄米粉に塩麴も入っているんだから栄養満点よ」
安祐美の説明を聞いているだけで、涎が出てきそうだ。
「よかったら、ちょっと味見してみる」
「えっ、あっ、じゃ一口だけ」
安祐美の言葉に甘えてしまった。なんだか食い意地が張っているみたいで恥ずかしい。
「どうだ、若いの。美味いだろう」
「ええ、最高です。なんだか野菜のやさしい甘味がありますね」
「そうだろう、そうだろう」
「ありがとう」
安祐美の笑みが輝いて見えた。心臓がドキドキする。胃袋を掴まれるとはこういうことなのか。安祐美が独身だったらよかったのに。
自分はいったい何を思っているのだろう。変な考えは起こしちゃダメだ。
「どれも美味しくて、通いたくなるな」
「嬉しい」
「そういえば、ここってメニューはないの」
「メニューはないの。日替わりおまかせ料理だけ。というか言わなかったっけ」
うわっ、睨まれた。
「ごめん、そうだった」
「まあいいか。でね、『料理で健康に』がこの店のコンセプトなの。だから淵沢くんに出した料理は特別なのよ」
また『特別』だなんて。完全に安祐美に心が持っていかれちまう。
「特別だなんて、羨ましいねぇ」
裕は頭を掻いて照れ笑いを浮かべた。
「淵沢くんは、本当に不健康そうだからよ」
そんなに不健康に見えるのか。そりゃそうか。少し前まで意識不明だったんだから、すぐに元には戻らないか。
裕は気づくと、自分のこれまでの境遇を話していた。安祐美も木花の大旦那も最後まで聞いてくれた。それだけでほんの少し心が軽くなった気がする。
「あっ、そうそうデザートに『ニンジンゼリー』があるからね」
「おお、いいね。もらおうか」
木花の大旦那はすぐにそう応じたが、裕は迷った。財布にいくら入っていただろうか。今更だけど、お金、足りるかな。
「淵沢くん、どうかした」
「あっ、いえなんでもないです」
「もしかしてお金の心配かな」
す、鋭い。
「図星みたいね。気にしないで、デザートはサービスするから。それに私の店は良心的な値段だから心配ないわよ」
「なんでもお見通しってことだな」
木花の大旦那が目尻を垂れ下げて微笑んでいた。
裕は頭を掻いてニンジンゼリーを受け取り、「ちなみに、いくら」と訊ねると安祐美は「おまかせセットで一律九百八十円よ。で、デザートとドリンク付きがプラス二百円ね」と告げた。
なるほど、高くはない。いや、この料理が出てくるとなると安いか。
「おお、このゼリーも美味しいね」
「ありがとうございます。このニンジンゼリーは商店街の竹林さんでも売っていますから、気に入ったらそちらでも購入してみてくださいね」
スプーンで掬うい口に入れると、優しい甘さが口に中に広がった。これはニンジンだけじゃないかも。
「先輩、これもしかしてリンゴも入っていますか」
「あら、よくわかったわね」
「あと、ハチミツ」
「正解。淵沢くん、すごいね」
そんなに褒められると照れる。
「ああ、お腹いっぱいだ。安祐美ちゃんの料理のおかげで長生きできそうだよ。ありがとうよ」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。野菜たっぷりのスムージーもどうぞ」
「安祐美ちゃんすまないがもうお腹いっぱいで。申し訳ないが、私はこれで」
木花の大旦那は一万円札をカウンターに置くと「お釣りはいらないよ。少ないけど開店祝いだと思ってくれ。それと、これもなにかの縁だ。そっちのお兄さんのぶんもね。奢りだよ」と笑みを浮かべて店を出ていった。
「いや、ちょっと」
そう声をかけたが安祐美に「奢ってもらいなよ。断ったりしたら大旦那さんの気分を害しちゃうからさ」と頬を緩ませていた。
安祐美の言葉も一理あるか。
「あっ、僕も行くね。ごちそうさま」
「ちょっとスムージー飲んでいってよ」
そうだった。裕は一気にスムージーを飲み干して「じゃ、また」と手を振った。
「今日はありがとう。あと、事故のことだけどやっぱり新田さんって人ときちんと話をしたほうがいいと思うよ」
突然の安祐美の言葉に意表を突かれて一瞬動きを止めてしまった。
「ごめんね。大きなお世話だったかな。けど、私でよければ力を貸すからね」
「あ、ありがとう」
裕はそれだけ口にすると店をあとにした。