「お手伝いありがとうございます。とっておきのお料理を振舞わせていただきます」

 3日目のお手伝いは2時間程度だった。今日は、料理について色々教えてもらった。むしろ、無料で教えてもらえるとはありがたい。アサトさんの手際のいい料理を見ているだけで幸せな気持ちになる。まひるの料理の腕前も10歳とは思えない技術をもっていて、年下なのに教えてもらうことはたくさんあった。ほほえみの貴公子、アサトさんは、私のためにおいしそうな何かを作ってくれている。

「本日はこちらにはない食材で作った人魚のムニエルですよ。人魚姫は秘密を隠していましたよね。そして、人魚姫は人間になる代償で声を失った。かわいそうな話ですが、代償は何事にもつきものなのですよね。今日は、僕たちの秘密をあなたに打ち明けようと思います」

 おいしそうなムニエルが白いお皿のまんなかで光っている。彩に添えられた紫色のものは、なんだろう? そして、いくらのような大きさの真珠? 何だろう?

「彩に添えたのは、紫たまねぎを甘く炒めたもの。そして真珠のような珠は、人魚姫の涙です。食べられますが、味はあまりしませんよ」

「人魚の涙?」
 初めて聞く食材の名前だったので思わず聞き返した。

「僕たちは時の国という異世界からやってきたのです。ですから、僕たちの国にはあって当たり前の食材がこちらの世界にはないのです。幻のレストランでは日本の食事を主に提供していますが、夢香さんには自己紹介代わりに時の国のメニューを作りました」

「人魚の涙はあたしたちの国にはあるんだよっ」
 まひるがにこっとほほ笑んだ。

「いただきます」
 ひとくち頬張ると、柔らかい魚の身が優しく口の中に広がった。人魚なのだろうか? あっさりした魚の味は食べたことがないような食感だった。シャキシャキした身がぎゅっと詰まっていた。今まで食べた魚よりも新鮮な野菜に近い食感のように思う。ムニエルの味付けはあっさりした魚を飽きさせない工夫がたまねぎやソースの味で補われていた。

「人魚の味はあっさりしているけれど食感がしゃきしゃきしているのです。人魚の味はこちらにはない薄味のため、味付けは濃くしています」

「人魚がいるのですか? 大発見じゃないですか? 研究所に連れて行った方がいいですよ」

 すると少し思いつめた顔でアサトさんが目をそらさずに真剣に話し始めた。

「実は、僕たちはレストランを経営しながら弟を探しています。弟の名前はヨルト。1日の時間を見守るのが僕たちの仕事なのです。父は時の国の国王です。そして、僕は朝の王になり、いずれは国王になる予定。弟は夜の王になる予定です。妹は昼の王となる予定です。こちらの国の夢香さんに協力してほしいのです。是非、弟探しに協力してください。お願いします、国の力になってください」

 何を言われているのか、正直理解ができなくて、声が出なかった。思考が追い付かないと言ったほうが正しいのかもしれない。嘘だよね? 詐欺師? いやいや妄想話かもしれない。そんな気がした。異世界という言葉も意味不明だし、国王とか朝の王とか、この日本に存在などするばずないのに。偉い人なのかな? 何かの物語を読んでいるような話だ。現実ありえない話だ。

「弟は金髪で青い宝石のピアスとネックレスをしています。もし、そういった男を見かけたら教えてください」
「写真はないのですか?」
「あいにく、こちらの世界に写真を持ってくることはルール違反になってしまいます。極力こちらの人間に僕たちの正体を悟られないように事を進めたいと思っています」
「アサトさんに似ていますか?」
 アサトさんの髪は茶色だし、ピアスもネックレスもキラッと光る美しい赤い宝石だった。
「顔立ちはそんなに似ていないけれど、歳は僕よりも1歳下だから、ここの世界の17歳ってことかな」
「アサトさんは高校生ですか?」
「高校は17歳で卒業したのだけれど、今は18歳だよ」
 そうなのか、高校生しながらお店を一人で切り盛りするのは大変だよね。卒業しているという言葉に納得してしまった。時の国では17歳で卒業するのか。ささいなことだが、やはり別な国なのだと思った。

「まひるは緑の宝石だよ」
 まひるちゃんの胸元にはとてもきれいな緑色の宝石が光っている。そして、耳には緑色のピアスをしていた。こちらの世界でピアスをしている小学生はあまり見かけたことはないが、異世界ならば普通なのかもしれない。よくわからないけれど、彼らが嘘を言っているようには思えなかった。

「この宝石は王家伝統の宝石なんだ。そして、日本の国とつながることができる石。ヨルトは昔から、ヤンチャでね。幼少時に事情があり生き別れたのだけど、僕たちはレストランをしながら弟を探すことにしたんだよ」

「でも、100円じゃ採算とれませんよね?」
 一番気になっていた金銭面の質問をしてみた。

「こちらの世界の100円は僕たちの世界だと1万円の価値があるから、生活する資金源としては充分なんだよ」
「まひるたちのおとうさんは国王だから、お金には困っていないんだけれど、なるべく自立して生活しようっておにいちゃんと決めたんだ。今日から夢香おねえちゃんとあたしたちは、秘密を共有する仲間だよ」

 まひるちゃんのかわいい姿とは裏腹にしっかりした女の子だということがとてもよくわかった。そして、この真面目なおにいさんの弟がヤンチャというイメージがどうにも湧かなくて、全くヨルトのイメージが湧かなかった。

「ごちそうさま」
 私は箸を置き、不思議な話を理解しようと頭をフル回転させた。

 ※【人魚のムニエル】
 人魚(あっさり味だが、食感はしゃきしゃき)、紫たまねぎで彩りを添える。
(時の国の食材)人魚の涙