アサトさんがまひるにデートを促されたらしく、デートをすることになった。たしかに、あれ以来一度もデートはなく、恋人らしいことは何一つなかった。一応、口では付き合っていると言っても、実質メッセージを送りあうことも時の国に帰ったアサトさんとはできないし、そんなにどうでもいいことを送ることなんていう間柄には進展していなかった。まひるは18歳だけあって女心をわかっている。アサトさんは恋愛に関しては淡白だ。

 結局前回と同じいちごのカフェにいったのだが、行ってみるとそこには良く見慣れた金髪長身のヨルトがいた。ありえない、なんでこんなところに。しかもヨルトの彼女まで。

 アサトさんは奥のほうの席に座ろうと、すたすた歩いていく。私は、みつかりませんように、なんて無駄な願いを唱えながら忍び足で歩く。この店は狭いので、見つからないなんていうことは絶対にありえないのに。

「ヨルトじゃないか」
「アサトかよ」

 久々の再会だがヨルトがいることをアサトさんは店に入る前に気づいていたように思った。もしかしたら後継者が決まったことを話すいい機会だと思っているようなそんな感じだ。アサトさんは常にビジネスモードで、私はそんな彼にはたとえデート中でも、プライベートな隙間がないように感じていた。彼との壁はそこなのかもしれない。本当に愛されているとか好かれているという自信はゼロだ。

「もしかして、おにーさま? それに夢香ちゃん、久しぶり」
 相変わらずテンションの高い彼女に少し閉口する。

「デートか? ラブラブだな」
 ヨルトのからかいは相変わらずだ。
「後継者は決まったよ」
「そうか」

 ヨルトはあえて後継者が決まったことを初めて聞いたふりをした。そうか、私と頻繁に連絡していたということはアサトさんには内緒にしているのか。今更だが、あまり気にしていなかったけれど、アサトさんは私がヨルトの服を借りたとか、メッセージを送りあっていたと知ったらやっぱりやきもちを妬くのかな? アサトさんはそこまで私のことが好きじゃないだろうから、もし知ったとしてもそうなんだ、という程度の反応のような気がしていた。あえて隠していたわけでもなかったけれど、普通の男性ならば他の男と仲良くしていたら不機嫌になるだろう。ヨルトは私のことを恋愛対象に見ていないし、超絶かわいい彼女がいるのだから問題ないのだろうけれど。

「なに? 後継者?」
 ミサが聞く。
「身内の話だから気にしないで」
「お兄様、お話聞きたいからここに座ってくださいませ。夢香さんも」
「あ、はい」

 断る理由もないので、言われるがままに座ったが、少々気まずい。ヨルトも視線を合わせようとしない。

「ヨルト、いつも《《僕の夢香》》が世話になっているようだね」
 意外なことを口にする。しかも、僕の夢香という表現が少し意外だ。この組み合わせ、微妙。だいたい、この兄弟は不仲だと思うし、ヨルトの彼女と私もそんなに仲良しでもない。

「ヨルトお気に入りのお店なのよね。フレーバーティーがおすすめよ」
「じゃあ炭酸ピーチティーにしようかな」
「僕も夢香と一緒で」
 店員さんにオーダーする。
「ヨルトはコーヒーが好きだからってブレンド注文したんだよね」
 ミサ、距離が近い。ヨルトにくっつきすぎだって。心の中でつっこむ。

「俺さ、将来はアンティーク古書カフェをしようと思ってるんだ。アサト、母さんがたまには顔見せろって言ってたぞ」
「こちらのことは僕に任せて、ヨルトはこの世界で夢を実現しろ」
 腹をくくったアサトさんは覚悟を決めたようだ。もうヨルトとは違う世界で生きていくということを。

「そのつもりだ。アサト、そちらのことは任せたぞ」
 兄弟の誓いを私たちの目の前で行っていいものだろうか? 正直ミサさんなんて意味もわからないだろう。まさか、この人たちが時の国の王子様なんて思うはずがないのだから。
「俺、大学で建築学を学ぶつもりだ。自分の店を設計してみたいっていうのが夢のきっかけだよ」
 ヨルトが夢を語る。

「夢のきっかけなんて、ささいなことかもしれないよね、何かと出会ったことがきっかけで夢が見えて、そのためにがんばるっていうのって素敵だよね」
 同意をする。

「僕は父の後を継ぐよ。今、帝王学を学んでいるんだ」
 アサトさんの自国愛は深い。

「炭酸ピーチティーお持ちしました」
 あまくて酸っぱい香りがたまらない。フレーバーティーって不思議だ。酸味、甘みが絶妙な香りや味で口の中に広がる。じゅわっとした食感と味覚に口全体が支配される感じが病みつきになる。冷たい紅茶の炭酸は初体験だった。

「ミサさんは? 進学とか考えているの?」
「私は、女子アナウンサーになりたいんだ。だからなるべく偏差値の高い大学を狙ってるの。やっぱりマスコミにOB,OGがたくさんいる大学がいいでしょ」
「夢香さんは?」
「私は、図書館司書と栄養士に興味があるんだ。何か資格がほしいなって」

「ヨルトは来年受験だから、カフェをするならば僕が手伝っても構わないよ」
 アサトさんが兄らしい優しさを見せる。

「アサトには幻のレストランがあるだろう? 俺は普通のカフェがやりたいだけだし。それにしても、夢香いつもよりおとなしいな、やっぱり恋人の前だと緊張してるとか?」
 ヨルトの意地悪な口調でいじってくる。恥ずかしい、アサトさんの前なのに。

「僕は夢香が大好きだから、ヨルトには渡すつもりはないよ」
 アサトさんが珍しく独占欲丸出し発言をする。珍しい。

「いらねーし」
 あっさり興味ない発言のヨルト。

「ちょっと!! いらないとか私を全否定するのはやめてくれない!!」
 ムキになってヨルトに絡む。

「だいたいアサトはこいつのどこに魅力を感じているんだ?」
 本当に意地悪発言しかしないヨルトは小学生男子のようだ。

「見ての通り、全てが素晴らしい女性だからね」
 こんなに優しい言葉をかけられたら砂糖のように私は溶けてしまうかもしれない。アサトさんとヨルトは飴とムチのようだ。美少女のミサさんが蚊帳の外になっている不満げな感じが出ていたので、ミサさんに話題を振ってみる。

「ミサさんは美人だし、やっぱりヨルトは優しいの?」

「とーっても優しいよ、ねぇヨルト」
 ヨルトに寄りかかる。恋人同士の距離だ。見ているこちらが恥ずかしくなりそうだ。ヨルトはミサさんには優しいのか……。ヨルトはまるで天使と悪魔のように二面性を持ち合わせた男なんだな。

「僕たちも仲良しですよね」
 アサトさんがはじめて私の手を握る。
「ラブラブなお兄様と夢香さん」
 ミサさんが私たちを盛り上げようとひとこと放つ。でも、アサトさんって普段こんなに積極的じゃないよね。意地を張っているだけ?

「夢香、今夜、僕の部屋に泊っていかない?」
 アサトさんが意味深発言をする。

「え……?」
 ダメに決まってるのに私は動揺する。

「じゃあミサたちもお泊りしよう」
 ミサさんが便乗してヨルトを誘う。

「何言ってるんだよ」
 ミサの提案に戸惑うヨルト。若干気まずい空気が漂う。

「冗談ですよ、高校生の思いあう異性同士がお泊りなんて不謹慎だからヨルトもだめですよ」
 アサトさんが笑った。本当は笑っていなかったのかもしれない。私はアサトさんの本心を気づけないでいただけなのだ。

「ここでお茶をしたら、僕たちは二人きりでラブラブタイムなので」
 アサトさんが挑発する。今日は何かが変だ。アサトさんは少しむきになっているような気がする。

「不謹慎とかいっている傍でなんだよラブラブって」
 ヨルトはいつも通り突っ込みを入れる。

「じゃあ今日はこれで。僕たちは二人っきりで楽しみます」
 アサトさんが立ち上がり、私の手を引いて店を出る。こんなに強引で積極的な人だったかな?

「今日のアサトさん、ちょっと変じゃない?」
 いつもの冷静なアサトさんに戻ってほしくて話しかける。
「そうですか?」
 公園で立ち止まって話をする。
「いつも、手をつないだり好きだとか言わないのに、今日に限ってどうして?」
「僕は自信がないんです。夢香の視線の先にヨルトがいると胸がざわつくのです」
 さびしそうなまなざしで私を見つめる。

「ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの、ただ話の合う友達という位置づけが心地よくてヨルトのお店に行っていたのは謝ります」
「夢香はヨルトが好きですか?」
「そんなわけないですよ。ありえません」
「きっぱり否定するのですね」
「どこかであなたの心の近くにいるヨルトがうらやましかったのかもしれません、僕らしくもないですよね」

素直に話すことを決意した。アサトさんに申し訳ない気持ちが込み上げてきたから。
「多分アサトさんの言う通りで、いつも私の中にヨルトがいるんです。彼女もいるし、私なんて相手にされていないけれど、一緒にいると心地よくて楽しくて……アサトさんのことは好きですが、ヨルトのほうが多分もっと好きなんです。これ以上嘘はつけません。アサトさん、付き合うという話はなかったことにしてください。私は、アサトさんをはじめてみた時になんて美しい人だと思い、好意を持ちました。しかし、なぜかアサトさんとの間には壁があって心が通わなかったです。アサトさんは完璧すぎて大人ですが、一緒の目線で笑ったりできない。価値観とかそういったものが違うのだと思うのです。本当に私のわがままでごめんなさい。もう、お店のお手伝いも辞めます。さようなら」

 一方的にアサトさんに別れを告げた。多分いつか言おうときっかけを伺っていたのだと思う。私の中ではヨルトといる時間が楽しくて大好きだという確信があって、これ以上作り笑いをしたくなかったのだ。

 アサトさんは美しい男性だからいくらでも代わりになる女性はいるだろう。ヨルトには彼女がいるし、振り向いてもらえないけれど、自分にもアサトさんにも嘘をつきたくない。そのまま振り返らず帰宅した。