あれ以来、アサトさんの店の手伝いのあとに、アンティーク古書店に立ち寄るのが日課になった。なんとなく、店の雰囲気に癒されるのと、謎の男と話してみたいと思っている自分がいた。青い宝石のピアスが気にかかる。もしかしたらアサトさんが探している人物の可能性もあるかもしれない。それも目的のひとつだった。
「こんにちは」
「また来たか、暇人」
彼とのやり取りはこんな調子だ。
「そういえば、あなた名前はなんていうの?」
もしかしたら、ヨルトじゃないのかな? 淡い期待を胸に抱く。
「夜城《やしろ》」
「やしろっていうのかぁ。下の名前は?」
「秘密」
ぶっきらぼうな答え方をする夜城。少しアサトさんに協力して気に入られたい思いがあったので、確認が取れずがっかりした。
「何がっかりしてるんだよ?」
私は顔に出やすいらしい。気を取り直して質問を続けた。
「夜城君って、ここの店番はこの時間だけやってるの?」
「俺のこと、気になったか?」
少しニヤニヤしながら、夜城はからかってくる。
「違うけど。掛け持ちして仕事をしないといけない事情があるのかなって」
念のためきっぱり否定しておく。
「ここにはオーナーがいるんだけど、放課後の時間帯は俺が任されているんだよな。ここの定休日とか閉店後に占い師として道端でバイトしてるんだ。結構暇な割には時給がいいから、ここがメインだけど。俺らの出会い、運命的な出会いだったよな」
「どこが運命? 変なこと言わないでよ」
「最初に道端で占いの時に会ったすぐあとに、この店でも出会うなんてさ、ロマン感じるよな」
「なにそれ、私には好きな人がいるんだから」
すると、夜城がじっと私の胸元をみつめている。もしかして、胸を見ているの? 少しドキドキしていると――。
「そのネックレス、どこで買ったんだ?」
「これ、きれいでしょ? 好きな人からの貰い物なの」
「そうなんだ」
そう言うと、夜城は1冊の古い本を取り出して、手渡した。
「これ、貸してやるから読んでみてよ」
「でも、ここ貸本屋じゃないでしょ」
「ファンタジーの小説なんだけどさ、タダで貸すから参考までに読んでみて」
古びた1冊の小説を私は断ることもできず持ち帰ることにした。
「夢香、俺の占い結構当たるから、好きな男に気を付けたほうがいいと思うぞ」
「気を付けるって言っても、相手は私のことなんて何とも思ってないし」
「そうだとしても、用心したほうがいい」
いつもへらへらしているこの男が、真剣なまなざしで私に向かって忠告するなんて少し意外だったけれど、これを読めば何かがつかめるかもしれない、そう思って帰宅することにした
「俺のこと好きになるんじゃないぞ」
手を振りながら見送る。冗談が口から次から次に簡単に出てくる男。
「好きにならないから安心して」
やっぱりあの人は冗談ばっかりだ。好きな男に気を付けるっていう話も冗談の1つなのかもしれない。そんなことを思って、自宅に帰ってその本を読んでみた。借りたってことは、また返さなければいけないわけで、夜城にまた会えるということか。そんなことを考えている自分に嫌気がさした。
その本はファンタジー小説で、異世界の国の国王になる予定の男が日本の国に勉強のためにやってきて生活するという話だった。ファンタジー小説というものを、そんなに読んだこともなかったが、その話はとてもリアル感があってつい真剣に読みふけってしまった。
内容としては、日本の大学生のフリをして王子が生活を送るうちに、こちらの国の女性と恋に落ち、大恋愛の末にその女性を王妃として迎えるというものだった。こちらの慣れない生活の様子がとても鮮明で本当に経験した人が書いているかのような内容だった。その国は荒廃していて、とても貧しく王子は国を捨てて日本に住むことを決意する。なぜならば、もう立て直すことは難しいという状況で、豊かな暮らしを維持することはできそうもなかったからだ。
しかし、現国王に国王を継承するならば好きな女性と結婚してもかまわないということを言われ、王子は国王になることを決意する。しかし、貧しさからの脱却のために日本で会社を起業してビジネスをはじめることにした新国王。今では、日本では知らない人はいない大企業となり、王室は豊かな生活を確保することができたが、国民までは豊かな生活は行き届かないという話だった。成功したけれどもハッピーエンドというわけでもない結末だった。
これってちょっとアサトさんの言っていた時の国に似ているような気がした。著者を確認してみる。夜城王と書いてある。時の国? まさか夜城の親戚?
このことをアサトさんに話してしまったら、夜城は困るかもしれない。
翌日、放課後になるとレストランではなく、すぐに私は古書店に向かった。重い扉を押して開ける。きしむ音がした。
「これ、読んだけれど、あなたヨルトでしょ?」
そういうと、夜城は問いかけに少し面食らった顔をしていた。
「俺のこと、アサトに話していないよね? 占いで君がここに放課後直行することはわかっていたけどね」
夜城はバレたにもかかわらず余裕の笑みを浮かべた。
「嘘をついていたの? だって、あなたは夜城じゃなくてヨルトなんでしょ?」
「嘘じゃないよ。ここの国では夜城ヨルトという名前だから。ちゃんと戸籍もあるし」
彼の胸にはいつもつけていない青い宝石が光っていた。私が持っているものと色違いのネックレスだった。
「アサトは俺の兄貴だよ。実は幼少時に親が離婚してさ、アサトは父親に引き取られて、時の国の住人なんだ。俺は母親に引き取られて日本人として生活しているよ」
「オーナーってお母さんだったりするの?」
「ああそうだよ」
「お母さんは?」
「仕事で忙しいみたい。ここは趣味で開いた店だから」
「もしかして、昨日の本ってあなたの父親の話?」
「俺の父が書いた話なんだけど、俺は国王は嫌いだから日本人として生活したいんだよ。それにアサトは、俺に夜の王の座を押し付けるために探しに来たみたいだし。まっぴらなんだよ」
「私にそんなこと話していいの?」
「信用してるよ。夢香は口が堅いタイプだから安心だ」
「あの本にあった、日本人の記憶をもっと奪って国を反映させたいという話は……」
「国王とアサトはその考えだよ。国のために記憶をたくさんもらう。記憶喪失や認知症はあいつらのせいかもしれない。半分以上の記憶喪失と認知症患者は記憶を奪われた被害者だと俺は思っているけどね」
「じゃあ、ビジネスって……」
「父親は時計の会社を立ち上げどんどん大きくなっていくとともに記憶を奪うために色々と闇のビジネスをはじめたらしい。母親はそれに耐えかねて離婚したってことだ。時計の会社のほうは母が経営しているよ。父はあちらの国王の仕事で忙しいからね」
「でも、アサトさんは優しいよ」
「実際、アサトは客の記憶を奪って、不幸にしているんじゃないか?」
「幸せになった人だっているよ」
「それだけじゃないはずだ。アサトは他人が幸せになろうと不幸になろうと日本人のことなんてどうでもいいと思っているに違いない」
たしかにアサトさんは一見優しそうだけれど、情を見せないところがある。ずっと気になっていたアサトさんの冷酷な面。ヨルトが言った通りなのかもしれない。
「私、ヨルトのことは秘密にするけど、もうすこしアサトさんの店でボランティアして探ってみる」
「好きにすれば」
「私のことアサトさんと繋がっているって知っていて私に近づいたの?」
「1回目は君が通ることを予知して近づいたのは確かだ。でも、2回目にこの店で会うとは計算外だったよ。俺の居場所は知られたくなかったし。アサトにチクられるリスクがあるだろ」
「じゃあこの店に足を踏み入れたのは偶然?」
「偶然だよ。だから運命的だって言ったんだよ」
「ヨルト、あなたにも事情があるのね。アサトさんには秘密にするから」
「アサトはお前を利用しようとしている、気をつけろ」
そう言った彼の瞳がまっすぐすぎて、一瞬凍ったように感じたが、明日からもう一度ボランティアという名の偵察を行うことを決意した。アサトさんがいい人だと証明するために。
「お近づきの印に、人魚の涙入りのグミをあげるよ。そのへんの美容サプリメントよりもずっと美肌効果があるぞ。これ、また会えるおまじない」
彼が渡したグミは真珠のごとく真っ白できらきら光るこの世界にはないものだった。人魚の涙入りグミは優しい味わいで噛めば噛むほど味わいが深まる不思議なお菓子だった。また会えるおまじないと言われるとまた会いたいと思ってくれているのかな、なんて淡い期待をしてしまう。何より、うれしい言葉だった。
「こんにちは」
「また来たか、暇人」
彼とのやり取りはこんな調子だ。
「そういえば、あなた名前はなんていうの?」
もしかしたら、ヨルトじゃないのかな? 淡い期待を胸に抱く。
「夜城《やしろ》」
「やしろっていうのかぁ。下の名前は?」
「秘密」
ぶっきらぼうな答え方をする夜城。少しアサトさんに協力して気に入られたい思いがあったので、確認が取れずがっかりした。
「何がっかりしてるんだよ?」
私は顔に出やすいらしい。気を取り直して質問を続けた。
「夜城君って、ここの店番はこの時間だけやってるの?」
「俺のこと、気になったか?」
少しニヤニヤしながら、夜城はからかってくる。
「違うけど。掛け持ちして仕事をしないといけない事情があるのかなって」
念のためきっぱり否定しておく。
「ここにはオーナーがいるんだけど、放課後の時間帯は俺が任されているんだよな。ここの定休日とか閉店後に占い師として道端でバイトしてるんだ。結構暇な割には時給がいいから、ここがメインだけど。俺らの出会い、運命的な出会いだったよな」
「どこが運命? 変なこと言わないでよ」
「最初に道端で占いの時に会ったすぐあとに、この店でも出会うなんてさ、ロマン感じるよな」
「なにそれ、私には好きな人がいるんだから」
すると、夜城がじっと私の胸元をみつめている。もしかして、胸を見ているの? 少しドキドキしていると――。
「そのネックレス、どこで買ったんだ?」
「これ、きれいでしょ? 好きな人からの貰い物なの」
「そうなんだ」
そう言うと、夜城は1冊の古い本を取り出して、手渡した。
「これ、貸してやるから読んでみてよ」
「でも、ここ貸本屋じゃないでしょ」
「ファンタジーの小説なんだけどさ、タダで貸すから参考までに読んでみて」
古びた1冊の小説を私は断ることもできず持ち帰ることにした。
「夢香、俺の占い結構当たるから、好きな男に気を付けたほうがいいと思うぞ」
「気を付けるって言っても、相手は私のことなんて何とも思ってないし」
「そうだとしても、用心したほうがいい」
いつもへらへらしているこの男が、真剣なまなざしで私に向かって忠告するなんて少し意外だったけれど、これを読めば何かがつかめるかもしれない、そう思って帰宅することにした
「俺のこと好きになるんじゃないぞ」
手を振りながら見送る。冗談が口から次から次に簡単に出てくる男。
「好きにならないから安心して」
やっぱりあの人は冗談ばっかりだ。好きな男に気を付けるっていう話も冗談の1つなのかもしれない。そんなことを思って、自宅に帰ってその本を読んでみた。借りたってことは、また返さなければいけないわけで、夜城にまた会えるということか。そんなことを考えている自分に嫌気がさした。
その本はファンタジー小説で、異世界の国の国王になる予定の男が日本の国に勉強のためにやってきて生活するという話だった。ファンタジー小説というものを、そんなに読んだこともなかったが、その話はとてもリアル感があってつい真剣に読みふけってしまった。
内容としては、日本の大学生のフリをして王子が生活を送るうちに、こちらの国の女性と恋に落ち、大恋愛の末にその女性を王妃として迎えるというものだった。こちらの慣れない生活の様子がとても鮮明で本当に経験した人が書いているかのような内容だった。その国は荒廃していて、とても貧しく王子は国を捨てて日本に住むことを決意する。なぜならば、もう立て直すことは難しいという状況で、豊かな暮らしを維持することはできそうもなかったからだ。
しかし、現国王に国王を継承するならば好きな女性と結婚してもかまわないということを言われ、王子は国王になることを決意する。しかし、貧しさからの脱却のために日本で会社を起業してビジネスをはじめることにした新国王。今では、日本では知らない人はいない大企業となり、王室は豊かな生活を確保することができたが、国民までは豊かな生活は行き届かないという話だった。成功したけれどもハッピーエンドというわけでもない結末だった。
これってちょっとアサトさんの言っていた時の国に似ているような気がした。著者を確認してみる。夜城王と書いてある。時の国? まさか夜城の親戚?
このことをアサトさんに話してしまったら、夜城は困るかもしれない。
翌日、放課後になるとレストランではなく、すぐに私は古書店に向かった。重い扉を押して開ける。きしむ音がした。
「これ、読んだけれど、あなたヨルトでしょ?」
そういうと、夜城は問いかけに少し面食らった顔をしていた。
「俺のこと、アサトに話していないよね? 占いで君がここに放課後直行することはわかっていたけどね」
夜城はバレたにもかかわらず余裕の笑みを浮かべた。
「嘘をついていたの? だって、あなたは夜城じゃなくてヨルトなんでしょ?」
「嘘じゃないよ。ここの国では夜城ヨルトという名前だから。ちゃんと戸籍もあるし」
彼の胸にはいつもつけていない青い宝石が光っていた。私が持っているものと色違いのネックレスだった。
「アサトは俺の兄貴だよ。実は幼少時に親が離婚してさ、アサトは父親に引き取られて、時の国の住人なんだ。俺は母親に引き取られて日本人として生活しているよ」
「オーナーってお母さんだったりするの?」
「ああそうだよ」
「お母さんは?」
「仕事で忙しいみたい。ここは趣味で開いた店だから」
「もしかして、昨日の本ってあなたの父親の話?」
「俺の父が書いた話なんだけど、俺は国王は嫌いだから日本人として生活したいんだよ。それにアサトは、俺に夜の王の座を押し付けるために探しに来たみたいだし。まっぴらなんだよ」
「私にそんなこと話していいの?」
「信用してるよ。夢香は口が堅いタイプだから安心だ」
「あの本にあった、日本人の記憶をもっと奪って国を反映させたいという話は……」
「国王とアサトはその考えだよ。国のために記憶をたくさんもらう。記憶喪失や認知症はあいつらのせいかもしれない。半分以上の記憶喪失と認知症患者は記憶を奪われた被害者だと俺は思っているけどね」
「じゃあ、ビジネスって……」
「父親は時計の会社を立ち上げどんどん大きくなっていくとともに記憶を奪うために色々と闇のビジネスをはじめたらしい。母親はそれに耐えかねて離婚したってことだ。時計の会社のほうは母が経営しているよ。父はあちらの国王の仕事で忙しいからね」
「でも、アサトさんは優しいよ」
「実際、アサトは客の記憶を奪って、不幸にしているんじゃないか?」
「幸せになった人だっているよ」
「それだけじゃないはずだ。アサトは他人が幸せになろうと不幸になろうと日本人のことなんてどうでもいいと思っているに違いない」
たしかにアサトさんは一見優しそうだけれど、情を見せないところがある。ずっと気になっていたアサトさんの冷酷な面。ヨルトが言った通りなのかもしれない。
「私、ヨルトのことは秘密にするけど、もうすこしアサトさんの店でボランティアして探ってみる」
「好きにすれば」
「私のことアサトさんと繋がっているって知っていて私に近づいたの?」
「1回目は君が通ることを予知して近づいたのは確かだ。でも、2回目にこの店で会うとは計算外だったよ。俺の居場所は知られたくなかったし。アサトにチクられるリスクがあるだろ」
「じゃあこの店に足を踏み入れたのは偶然?」
「偶然だよ。だから運命的だって言ったんだよ」
「ヨルト、あなたにも事情があるのね。アサトさんには秘密にするから」
「アサトはお前を利用しようとしている、気をつけろ」
そう言った彼の瞳がまっすぐすぎて、一瞬凍ったように感じたが、明日からもう一度ボランティアという名の偵察を行うことを決意した。アサトさんがいい人だと証明するために。
「お近づきの印に、人魚の涙入りのグミをあげるよ。そのへんの美容サプリメントよりもずっと美肌効果があるぞ。これ、また会えるおまじない」
彼が渡したグミは真珠のごとく真っ白できらきら光るこの世界にはないものだった。人魚の涙入りグミは優しい味わいで噛めば噛むほど味わいが深まる不思議なお菓子だった。また会えるおまじないと言われるとまた会いたいと思ってくれているのかな、なんて淡い期待をしてしまう。何より、うれしい言葉だった。