……私はその時ふと悪い考えが浮かびました。


『お兄さま』


 この響きがたまらなく嬉しくて呼びたくなりました。
 じっと私がラルスさまを見つめるもんだから、ラルスさまは「どうかした?」と尋ねてくださいます。

「(いえっ! なんでもないです!)」

 そんな気持ちで首を一生懸命に振ると、ごまかすようにアップルティーに口をつけます。
 口をつけながらティーカップ越しに見えるラルスさまを見つめて呼んでみました。

「(お兄さま)」

 声が出ないから当然返事はないけれど、呼べた喜びでニヤニヤしてしまいそうになります。
 心の中で呼ぶだけならいいかな? 許されるでしょうか?

 私はこっそりその日から、ラルスさまをお兄さまと呼ぶことに決めたのです──