なにも変わらない生活の中に一つ、問題が起きた。
 それは数日前のこと。
「ねぇ、君って斎藤芽唯ちゃんでしょ?」
 めちゃくちゃイケメン男子に学校で声を掛けられたのだ。
「えっと、そうですけど……?」
「僕、東鬼(しのぎ)葵斗(あおと)。芽唯ちゃんの隣のクラスだよ」
「は、はぁ。あの、私に何か用ですか?」
「ん?まあ、俊君が気に入ってる子がいるって聞いたから見に来たんだよ」
「東鬼君は俊君とお知り合いなの?」
「知り合いっていうか、いとこなんだよねー」
「え……⁉」
 驚いて大きな声が出てしまった。
「俊君とは久しぶりに会えたよ。てか、東鬼君とか堅苦しいから葵斗って呼んでよ」
 かなり距離詰めてくるな。
 私はあまり男子と関わることがなかったので名前呼びとか恥ずかしい。
 俊君でさえ緊張するのに。
「えぇっと、あ、葵斗君……」
 控えめに葵斗君のことを見つめたら。
「……っ。そりゃ、俊君も惚れるわ」
 葵斗君は小声で何か言っていたけれど、最後までは聞き取れなかった。
 その日、帰って俊君に今日のことを話した。
「俊君のいとこってこの学校にいるの?」
「は……?どうして?もしかして……」
 俊君は勘が鋭いのかわかったみたい。
「うん、そのもしかしてだよ。葵斗君とお話ししたの」
「葵斗君って……芽唯には護衛が必要かな」
「ご、護衛っ⁉」
「うん。だって、俺の可愛い芽唯が葵斗なんかに奪われるなんて俺耐えられないよ?」
 そんなドキドキするような言葉を毎日言ってくるものだから、心臓がもたない。
 次の日も葵斗君に会った。
「あれ、芽唯ちゃん。……まさかの俊君付きか」
 呆れたように笑った葵斗君。
「葵斗、芽唯に手を出したらわかるよね?」
「ははっ。僕もそんな馬鹿じゃないよ?俊君が思ってる以上に頭はいいと思うけどね」
 なんだかバチバチ言っているような空気。
「あら。葵斗、久しぶりですわね」
「美月ちゃんじゃん。久しぶりだね。メアリちゃんも一緒?」
「一緒よ。東鬼、だっけ。名前覚えるの得意ではないから違ったらごめんなさいね」
 メアリが言った。
「合ってるよ。美月ちゃん、君の弟君はちょーっとご機嫌斜めだけど許してあげてね?」
 クスクスと笑う葵斗君に美月は言った。
「二人の王子様の登場かしら。お姫様は大変ですわね」
 そう言って去っていった。
「まあ、これから楽しみだね、芽唯ちゃん?」
「た、楽しみ?」
 よくわからないいまま、葵斗君もいなくなった。 


 学校で葵斗君のことを目で追いかけているといつも告白されているか女子たちに囲まれているかのどちらかだ。
 葵斗君も結構人気者なんだな。
「あ、芽唯ちゃーん。少しいい?」
 放課後、帰ろうとしたら葵斗君に声を掛けられた。
「ねぇ、今から買い物に付き合ってくれない?」
「えっ?買い物?」
「うん。僕ね、来年小学二年生になる妹がいるんだ。愛梨珠ちゃんよりも年下の妹がもうすぐ誕生日なんだけど、何を買えばいいかわからなくて」
 葵斗君って妹さんがいたんだ。
「そっか!なら、お手伝いしなくちゃね!」
「よし、じゃあ行こうか」
「あ!俊君に言わなくちゃ!」
 でも、葵斗君と出かけるなんて言ったら葵斗君が消されちゃうかも。
「えっと……友達と出かけて来るね……っと送信!」
「芽唯ちゃん悪い子だね。俊君に嘘ついちゃうなんて」
「し、仕方ないもん……!」
 こうして葵斗君と駅に雑貨を買いに行った。
「うわぁ……っ」
 雑貨屋には可愛いものがたくさんあった。
 その中でもヘアピンを見つけた。
 貝がらがついている青いヘアピンを。
「葵斗君、これはどうかなっ」
 このヘアピン、お父さんがくれたものにそっくり。
 昔、お母さんが病気でどんどん弱っていった。
 周りの子たちはお母さんにたくさん可愛がってもらっていて、それがすごく羨ましかった。
 そんなときにお父さんが私にお守りといって水色の貝がらのついたヘアピンをくれたのだ。
 それは今でも大切に持っている。
 両親が形としてはいなくても、たった一つのヘアピンが私の心をずっと支えてくれた。
「いいね。さすが芽唯ちゃん。センスあるねー」
 私がチョイスしたヘアピンを購入し、後日妹さんの誕生日にあげたら大喜びだったそう。
 とても私としても嬉しいのだが、全然嬉しくなさそうな様子の人がいる。
 予想はつくだろう。
「ねぇ、芽唯。『友達と遊んで来るね』って言ってたけど、友達って誰?」
 家に帰れば俊君がそれはもう恐ろしい顔をして言った。
「……新菜ちゃんだよ!」
 とっさに嘘をついた。
 ごめんなさいと心の中で新菜ちゃんに謝る。
「……そんな嘘、俺に通用するとでも思ってるの?」
 俊君に腕を強く掴まれ、壁際に追い込まれた。
「噓って……」
「桜井はあの日、彼氏とデートに行くって張り切ってたよ?」
「あっ……」
 そうだ。新菜ちゃんは私が葵斗君と買い物をした日に最近できた彼氏さんと初デートに行くと嬉しそうに報告してくれたのだ。
 私ってばとても馬鹿だ。
「ホントは葵斗と一緒にいたんでしょ?」
「うっ……」
 バレてしまった。
「葵斗と何してたの……?」
 弱々しい俊君の声にハッとした。
「あ、葵斗君の妹さんの誕生日プレゼントを買いに行ってたの……葵斗君だから大丈夫かなって」
「葵斗の妹って……葵花(あおか)の誕生日そういえばあったな。愛梨珠が張り切ってた……理由はわかった。でも、嫉妬したのには変わりがないから覚悟してよね?」
 そして急に俊君の顔が近づいてきた。
「……っ」
 いつもより強引なキス。
 でも、それが嫌だなんて思わない。
「これ以上俺が嫉妬したらどうなるかな……」
 ふっと笑って離してくれた。
 きっと私の顔は真っ赤だろうな。