阿畑(あはた)の件は、画面が粉々(こなごな)になったスマホから、
専務(せんむ)に報告して尻拭(しりぬぐ)いをさせた。


阿畑(あはた)のロッカーには
欠品していた商品が(かく)されていて、
録画を確認するまでもなかったが、
一応(いちおう)犯行現場らしき記録を提出(ていしゅつ)しておいた。


スマホの修理代は誰が払うんだろう…。


残業はいつもに()して長引き、
さらなる人材不足に(なや)まされつつ、
退社の際の防犯装置(ぼうはんそうち)作動(さどう)させた。


自分で(ころ)がした雪だるまに巻き込まれる俺。


「お疲れ様です。」


いつもの装置の機械音声(きかいおんせい)ではなかった。


暗闇の中で、真っ赤な人影が現れて
俺は(きも)()やした。


阿畑(あはた)がさっそく()()たりの
報復(ほうふく)にでも来たのかと思った。


そんな度胸(どきょう)があれば、窃盗(せっとう)(なす)り|付《つ
》けなど
という珍事件(ちんじけん)は起きなかっただろう。


そうでなくてもあれから専務(せんむ)が、
サプライズで家庭訪問(かていほうもん)している。


阿畑(あはた)の進退はわからないが、
無断早退と窃盗(せっとう)というふたつの
就業規則(しゅうぎょうきそく)(はん)した社員を、
会社が守る理由はない。


「えーっと、丸井くんのお(ねえ)さん…。」


束刈(たばかり)でいいよ。」


一応会社では丸井名義なので、
俺が彼女をそう呼ぶのはおかしい。


「本当に、ごめん…なさい。」


丸井(あね)こと束刈(たばかり)砂利(じゃり)の駐車場で、
突然、両膝(りょうひざ)をついて深く頭を下げた。


この謝罪(しゃざい)阿畑(あはた)の件ではない。
俺は彼女の反抗期(はんこうき)被害者(ひがいじゃ)でもあった。


「あのときは、本当に、迷惑(めいわく)かけて、
 ずっと(あやま)ることもできなくて…。」


そして俺が地元を離れたかった理由のひとつ。
人間不信の原因。


まぁ過ぎたことだし、お互い水に流そう。
と言いたくもなる面倒(めんどう)(くさ)さが(まさ)った。


しかし(なぐさ)めたところで、
相手は満足しないだろうし、
いまさら怒ったところで嘘臭(うそくさ)い…。


年を取って摩耗(まもう)し、鈍感(どんかん)になった。
むかしほど無敵(むてき)さはないし、
向こう見ずな馬鹿でもない。たぶん。


尾鳥(おとり)が中学のとき、()くしたスマホ。」


スマホを盗まれ、
キッズスマホを持たされた。


俺の()えない反抗期(はんこうき)要因(よういん)


催合(もやい)って女子いたでしょ?」


「…居たような気がする。
 リーダー格みたいな子だっけ?」


尾鳥(おとり)のスマホ(ぬす)んだところを私が見て…
 (おど)されて、言い出せなかった。」


「へぇ…。」


本当にいまさらな話にそっけない本音が出た。


盗んだ犯人は誰だっていいし、
失くしたものも戻ってこないし、
過ぎた時間は戻らないし、
結果は変わらない。


雪玉(ゆきだま)を逆回転させたところで、
積もり積もった雪の上では
雪だるまは大きくなるだけだ。


「でも私が、全面的に悪いんだし、
 許して欲しいっていうのも違って…。」


じゃあなんで(あやま)ってるんだろう…。


(あやま)っても意味はないんだけど…。」


心の中を読まれた気がした。
読心術(どくしんじゅつ)の講座でも受けているのか。


「これって…自己満足?」


言った束刈(たばかり)が首をかしげた。


「ははっ。なんだそれ。」


「いや、だって…。」


謝罪(しゃざい)の途中で疑問(ぎもん)を浮かべて開き直る束刈(たばかり)は、
俺に怒られないどころか笑われて不思議がる。


「で、いまはバンドマンなんだっけ?」


「いや、解散(かいさん)したから。それ。」


そういえばそんな話を聞いたが忘れていた。


「ライブのスケジュールはないんだ。」


「そりゃまあ…、こんな土地で
 弟の職場のパートやってるんだし。」


あの束刈(たばかり)かぁ…。
という気持ちもまだシコリのように存在する。
もう20年近くも前のことだ。


「嫌なことならもう忘れた。忘れたい。
 俺は他人に期待しないし、信じない。」


「ごめん…なさい。」


彼女は砂利(じゃり)でスネが(いた)くなったのか、
足を(くず)そうとしている。


俺は強要(きょうよう)してない。パワハラではない。
おまけに業務時間外。


「丸井くんのお(ねえ)ちゃんだし、
 全く信用してないってわけもない。」


身内ならば、どちらかの失敗で
もう片方の信用を落とすことにもなる。


俺には利害関係(りがいかんけい)(しめ)して、
他人を動かすことしかできない。


「一緒に会社を手伝ってくれたら、
 俺も助かる。」


誰にも期待や信用はしてないが、
そんな俺でも許すくらいはできる。


ミスのない人間なんて存在しない。


しかし丸井(あね)束刈(たばかり)
素の表情で首をかしげた。


「えっ? なにそれ、…プロポーズ?」


「違うわ!」


見当違(けんとうちが)いも(はなは)だしい。


(ふく)れ上がった雪玉は、
変な重力でも生み出すのだろうか。



(了)