「私、やってません!」
「じゃあなんで無いんだよ。」
「わかりませんよ。
でも在庫確認は、阿畑さんの仕事です。」
「いや、昨日確認したときは
ちゃんとあったんだよ!」
商品の欠品がふたたび発覚した。
入荷して注文を受け付けたが、
発送の段階で欠品が起きる奇跡。
もしくは単純にエラー。
これを阿畑がパートのせいにするので、
そんなときがあれば俺を呼び出してと、
受注担当の先輩社員らに頼んでおいた。
今回は、丸井姉に責任を押し付けていた。
あんなに臆病だったのに成長したものだ。
方向性が間違っているけどな。
阿畑は女性相手だと強気に出るので、
職場の割り当てそのものが間違いなのだ。
しかし俺はホッとした。
「殴り合いが始まってなくてよかった。
で、どうしたんですか?」
「この新入りが盗んだんだよ。」
「私が取ったって、根拠あるんですか?」
「逆ギレするな!」
在庫管理の阿畑に責任はあるが、
問題を無視してきた会社にも責任がある。
「阿畑さん。」
「なに!」
「あれ。」俺は天井を指差す。
天井に貼り付いた白色の機器。
機器の中央には半球状のレンズ部分が見える。
照明器具ではない。
以前、専務にお願いして休日に導入したが、
パートが大量に辞めて間もなく
慌ただしかったので気づく人は少ない。
「なんだと思います?」
「もしかして、カメラ?」
丸井姉がぼそりと言った。
「何度もおんなじトラブル起こして、
僕が無視してると思います? 阿畑さん。」
さきほどまでの威勢はどこへやら。
俺を嫌っているだけなら普段は
舌打ちで返事をするが、
なにも喋らなくなってしまった。
「で、これがWi-Fi対応。あのカメラの映像は、
このスマホからでも見られるわけですよ。
そりゃ機密や顧客情報は渡さないけど、
阿畑さんやパートさんに委ねるのは
大事なウチの商品ですからね。」
動画を開こうとしたが、
阿畑は俺からスマホをひったくり、
鬼の形相で床に投げつけた。
「あっ!」
「知るか! こいつがやったんだよ!」
「そうやって証拠隠滅を図ろうとしたわけだ、
スマホにしか動画がないと思って。
クラウド保存されてるんで、
物理破壊しても無駄ですよ。」
「チッ!」
阿畑は舌打ちして脱兎のごとく逃げた。
見事な職場放棄っぷりに、その場の誰かが
なにかを言うのを待ったほどに。
「すみませんでした。お騒がせして。
阿畑にはこちらから厳しく言いますので、
残っている作業を進めてください。」
「いえ、その、ありがとうございます。
私のせいで、ご迷惑を…。」
「迷惑かけたのは阿畑の方だからね。」
丸井姉はその違和感に言葉がまごついていた。
そう思っていた。
「あっ、あーっと…、尾鳥?」
「はい?」
この会社の社長は尾鳥。
社長夫人も尾鳥であれば、
その息子も尾鳥である。
「私、束刈。中学一緒だった。」
「たばかり…丸井くんのお姉さんでしょ?」
「いや、ウチは高校で母親が再婚して、
苗字変わったんじゃん。」
丸井くんから同じ話は聞いたが、
束刈家のそんな事情は知らない。
「へ? へぇー。げっ…。」
思いがけないかたちで、
俺の過去を知る人物に遭遇した。
前の会社に夜逃げされたときのように、
頭から血の気が引く。
青い記憶が蘇り、いまから阿畑の後を
追いかけて地元から逃げたくなった。
「なんだ、ここって尾鳥の会社だったんだ。」
重力というやつはこれだから厄介だ。
俺は重力に従い、スマホを取るべく
床に崩れ落ちた。
◆ 07 転がるふたり につづく
「じゃあなんで無いんだよ。」
「わかりませんよ。
でも在庫確認は、阿畑さんの仕事です。」
「いや、昨日確認したときは
ちゃんとあったんだよ!」
商品の欠品がふたたび発覚した。
入荷して注文を受け付けたが、
発送の段階で欠品が起きる奇跡。
もしくは単純にエラー。
これを阿畑がパートのせいにするので、
そんなときがあれば俺を呼び出してと、
受注担当の先輩社員らに頼んでおいた。
今回は、丸井姉に責任を押し付けていた。
あんなに臆病だったのに成長したものだ。
方向性が間違っているけどな。
阿畑は女性相手だと強気に出るので、
職場の割り当てそのものが間違いなのだ。
しかし俺はホッとした。
「殴り合いが始まってなくてよかった。
で、どうしたんですか?」
「この新入りが盗んだんだよ。」
「私が取ったって、根拠あるんですか?」
「逆ギレするな!」
在庫管理の阿畑に責任はあるが、
問題を無視してきた会社にも責任がある。
「阿畑さん。」
「なに!」
「あれ。」俺は天井を指差す。
天井に貼り付いた白色の機器。
機器の中央には半球状のレンズ部分が見える。
照明器具ではない。
以前、専務にお願いして休日に導入したが、
パートが大量に辞めて間もなく
慌ただしかったので気づく人は少ない。
「なんだと思います?」
「もしかして、カメラ?」
丸井姉がぼそりと言った。
「何度もおんなじトラブル起こして、
僕が無視してると思います? 阿畑さん。」
さきほどまでの威勢はどこへやら。
俺を嫌っているだけなら普段は
舌打ちで返事をするが、
なにも喋らなくなってしまった。
「で、これがWi-Fi対応。あのカメラの映像は、
このスマホからでも見られるわけですよ。
そりゃ機密や顧客情報は渡さないけど、
阿畑さんやパートさんに委ねるのは
大事なウチの商品ですからね。」
動画を開こうとしたが、
阿畑は俺からスマホをひったくり、
鬼の形相で床に投げつけた。
「あっ!」
「知るか! こいつがやったんだよ!」
「そうやって証拠隠滅を図ろうとしたわけだ、
スマホにしか動画がないと思って。
クラウド保存されてるんで、
物理破壊しても無駄ですよ。」
「チッ!」
阿畑は舌打ちして脱兎のごとく逃げた。
見事な職場放棄っぷりに、その場の誰かが
なにかを言うのを待ったほどに。
「すみませんでした。お騒がせして。
阿畑にはこちらから厳しく言いますので、
残っている作業を進めてください。」
「いえ、その、ありがとうございます。
私のせいで、ご迷惑を…。」
「迷惑かけたのは阿畑の方だからね。」
丸井姉はその違和感に言葉がまごついていた。
そう思っていた。
「あっ、あーっと…、尾鳥?」
「はい?」
この会社の社長は尾鳥。
社長夫人も尾鳥であれば、
その息子も尾鳥である。
「私、束刈。中学一緒だった。」
「たばかり…丸井くんのお姉さんでしょ?」
「いや、ウチは高校で母親が再婚して、
苗字変わったんじゃん。」
丸井くんから同じ話は聞いたが、
束刈家のそんな事情は知らない。
「へ? へぇー。げっ…。」
思いがけないかたちで、
俺の過去を知る人物に遭遇した。
前の会社に夜逃げされたときのように、
頭から血の気が引く。
青い記憶が蘇り、いまから阿畑の後を
追いかけて地元から逃げたくなった。
「なんだ、ここって尾鳥の会社だったんだ。」
重力というやつはこれだから厄介だ。
俺は重力に従い、スマホを取るべく
床に崩れ落ちた。
◆ 07 転がるふたり につづく