「ウチの姉貴が、パートで
手伝ってくれるそうっす。」
「ほんと? いいの?」
丸井くんはいい子だ。
丸井姉もきっといい人かもしれない。
人事に関わらないから知らないけど。
丸井くんの口調はやや軽薄だが、
俺が頼んだ仕事はやってくれるし、
自他に関わらず失敗したら支援もする。
普通と言ってしまえばそれまでだが、
普通のことができる人はそうそういない。
なにより俺より体力がある。
給料を上げてやりたいが、
課長という肩書きはあっても権限はない。
俺も給料は上がってない。なぜ…?
「姉貴は性格的に、
阿畑さんと相性悪いと思うっすけどね。」
「ビール瓶で殴るような姉さんだろ?」
「悪役レスラーじゃないっすよ。」
セクハラを受けて、その親戚に
酒をぶっかけた人だった。
普通ではなさそうだ。
「事件起こさなければいいよ。」
「姉貴はずっとバンドやってたんで、
ドラムスティックで突っつかれるんす。」
「へぇ、ドラマー? 頼もしそうだ。
それでウチでパートとか…、
辞めちゃったの?」
「メンバーがみんな結婚して
解散って愚痴ってたっすね。
ヘルプもないんで暇だそうっす。」
そんな丸井くんの姉というのは、
遠目に見ても驚くほど赤い髪をしていた。
丸井姉を含む新入りのパートさんらに、
梱包業務を教えるのは阿畑の仕事だ。
だが丸井姉の険のある容姿に阿畑は怯み、
いつも以上にぼそぼそと喋り、
いつも通りに失敗を繰り返した。
その度に誰にでもなく舌打ちをするのだが、
新人の彼女は気にもせず手際よく仕事をし、
パートの先輩たちにも評価されていた。
丸井姉は同期である新入りのパートにも
業務を共有するため、動画撮影をし
マニュアルを作り、業務時間外でも
復習できるようにしていた。
「そんなのダメだろ! 機密情報だ!」
「それ言うなら、個人情報っすね。」
と、阿畑は丸井姉本人にではなく、
荷降ろし中の弟の丸井くんに息巻くのである。
「どうなんすか? カケルさん。」
きょう一番デカい声の阿畑だが、
どうやら興奮していてトラックの荷台に
俺がいるのをお忘れのようだ。
「会社の機密はパートには扱わせないし、
少人数で回している現状の業務が、
少しでも早く改善されるなら
会社としてはなにも問題ありません。
個人情報の取り扱い程度なら、
秘密保持契約書をパートも
当然、読んでサイン貰ってます。
阿畑さんがその動画を確認して、
許可を出せば済む話ですよね?
もし、勤務態度に問題があれば、
持ち場を離れて無関係の部下を責めないで、
彼女を採用した上長に相談すべきです。
で、伝えておいた梱包材の発注は
やってくれましたか?」
「チッ!」
阿畑はうめき声のあと反論もせず、
素直に舌打ちによる返事をいただいた。
しかしこれもパワハラになるので、
次回の研修で厳しく言っておこう。
「責めまくりっすね、カケルさん。」
「いやでも、すごいな、姉ちゃん。
マニュアル作る発想と胆力が。」
「義理なんすけどね。」
「へぇ。」興味なさそうにするのが一番だ。
「姉貴は親の再婚相手の連れ子だったんすよ。
俺と違って頭はめっちゃいいっす。
有名進学校通ってたくらいに。」
「それがドラマーに?」
「再婚するときに姉貴が反抗期で
警察に補導されて、うちのオヤジが
趣味だったドラムを教え込んだんすよ。
普通の高校に編入させてまで。」
「わははっ。おもしろっ。
丸井くんはやらなかったの?
ギターで親父殴るとか。」
「んなことしませんって。
ギターないし。あんのかな?」
ギターの有無はどっちでもいい。
「丸井くん、反抗期どうだった?
想像つかん。」
「反抗期の姉を間近で見ると、
そんな気起きないっすね。マジで。
カケルさんはあったんすか?
反抗期。」
「親にはめちゃくちゃ反発したな。」
「なにしたんす?」
「中学のときに買って貰った
スマホ失くして、その罰でずっと
キッズスマホ持たされたんだよ。」
本当はスマホを盗まれたのだが、
説明も面倒なので黙っておいた。
「ひっでーっすね。
だから親の会社継がずに、
IT系行ったんすか?」
「あまり関係ないかな。
嫌なことあってもだいたい忘れてるし。
じいちゃんとばあちゃんが
立て続けに亡くなって、
反抗期とかどうでもよくなった感じ。
とはいえ地元にいるのが嫌で、
就職は遠くを選んだわ。」
「んでも戻ってきちゃったんすね。
そういうとこ、姉貴と同じっすね。」
秀才でドラマーになったロックな丸井姉と、
馬鹿なバスケ部員からIT系で地元を離れた
正反対な俺の、一体どこが似ているんだ。
結局地元に帰ってきてしまったのだから、
似たようなものか…。
にしても、地元という重力は、
どこにでもあるのだろうか…。
◆ 06 記録と記憶 につづく
手伝ってくれるそうっす。」
「ほんと? いいの?」
丸井くんはいい子だ。
丸井姉もきっといい人かもしれない。
人事に関わらないから知らないけど。
丸井くんの口調はやや軽薄だが、
俺が頼んだ仕事はやってくれるし、
自他に関わらず失敗したら支援もする。
普通と言ってしまえばそれまでだが、
普通のことができる人はそうそういない。
なにより俺より体力がある。
給料を上げてやりたいが、
課長という肩書きはあっても権限はない。
俺も給料は上がってない。なぜ…?
「姉貴は性格的に、
阿畑さんと相性悪いと思うっすけどね。」
「ビール瓶で殴るような姉さんだろ?」
「悪役レスラーじゃないっすよ。」
セクハラを受けて、その親戚に
酒をぶっかけた人だった。
普通ではなさそうだ。
「事件起こさなければいいよ。」
「姉貴はずっとバンドやってたんで、
ドラムスティックで突っつかれるんす。」
「へぇ、ドラマー? 頼もしそうだ。
それでウチでパートとか…、
辞めちゃったの?」
「メンバーがみんな結婚して
解散って愚痴ってたっすね。
ヘルプもないんで暇だそうっす。」
そんな丸井くんの姉というのは、
遠目に見ても驚くほど赤い髪をしていた。
丸井姉を含む新入りのパートさんらに、
梱包業務を教えるのは阿畑の仕事だ。
だが丸井姉の険のある容姿に阿畑は怯み、
いつも以上にぼそぼそと喋り、
いつも通りに失敗を繰り返した。
その度に誰にでもなく舌打ちをするのだが、
新人の彼女は気にもせず手際よく仕事をし、
パートの先輩たちにも評価されていた。
丸井姉は同期である新入りのパートにも
業務を共有するため、動画撮影をし
マニュアルを作り、業務時間外でも
復習できるようにしていた。
「そんなのダメだろ! 機密情報だ!」
「それ言うなら、個人情報っすね。」
と、阿畑は丸井姉本人にではなく、
荷降ろし中の弟の丸井くんに息巻くのである。
「どうなんすか? カケルさん。」
きょう一番デカい声の阿畑だが、
どうやら興奮していてトラックの荷台に
俺がいるのをお忘れのようだ。
「会社の機密はパートには扱わせないし、
少人数で回している現状の業務が、
少しでも早く改善されるなら
会社としてはなにも問題ありません。
個人情報の取り扱い程度なら、
秘密保持契約書をパートも
当然、読んでサイン貰ってます。
阿畑さんがその動画を確認して、
許可を出せば済む話ですよね?
もし、勤務態度に問題があれば、
持ち場を離れて無関係の部下を責めないで、
彼女を採用した上長に相談すべきです。
で、伝えておいた梱包材の発注は
やってくれましたか?」
「チッ!」
阿畑はうめき声のあと反論もせず、
素直に舌打ちによる返事をいただいた。
しかしこれもパワハラになるので、
次回の研修で厳しく言っておこう。
「責めまくりっすね、カケルさん。」
「いやでも、すごいな、姉ちゃん。
マニュアル作る発想と胆力が。」
「義理なんすけどね。」
「へぇ。」興味なさそうにするのが一番だ。
「姉貴は親の再婚相手の連れ子だったんすよ。
俺と違って頭はめっちゃいいっす。
有名進学校通ってたくらいに。」
「それがドラマーに?」
「再婚するときに姉貴が反抗期で
警察に補導されて、うちのオヤジが
趣味だったドラムを教え込んだんすよ。
普通の高校に編入させてまで。」
「わははっ。おもしろっ。
丸井くんはやらなかったの?
ギターで親父殴るとか。」
「んなことしませんって。
ギターないし。あんのかな?」
ギターの有無はどっちでもいい。
「丸井くん、反抗期どうだった?
想像つかん。」
「反抗期の姉を間近で見ると、
そんな気起きないっすね。マジで。
カケルさんはあったんすか?
反抗期。」
「親にはめちゃくちゃ反発したな。」
「なにしたんす?」
「中学のときに買って貰った
スマホ失くして、その罰でずっと
キッズスマホ持たされたんだよ。」
本当はスマホを盗まれたのだが、
説明も面倒なので黙っておいた。
「ひっでーっすね。
だから親の会社継がずに、
IT系行ったんすか?」
「あまり関係ないかな。
嫌なことあってもだいたい忘れてるし。
じいちゃんとばあちゃんが
立て続けに亡くなって、
反抗期とかどうでもよくなった感じ。
とはいえ地元にいるのが嫌で、
就職は遠くを選んだわ。」
「んでも戻ってきちゃったんすね。
そういうとこ、姉貴と同じっすね。」
秀才でドラマーになったロックな丸井姉と、
馬鹿なバスケ部員からIT系で地元を離れた
正反対な俺の、一体どこが似ているんだ。
結局地元に帰ってきてしまったのだから、
似たようなものか…。
にしても、地元という重力は、
どこにでもあるのだろうか…。
◆ 06 記録と記憶 につづく