阿畑(あはた)という中途(ちゅうと)採用(さいよう)の社員がいる。


勤続(きんぞく)年数は10年とそこそこ続いているが、
役職はパートの仕事管理という閑職(かんしょく)で、
俺が挨拶(あいさつ)をしても返事をしない。


挨拶くらいはまあいい。業務と関係ないし。


いまどき人間関係重視とか言い出せば、
体育会系の脳筋(のうきん)野郎だと思われかねない。


同じ会社の従業員であろうと、
ストレスにならない程度の
適度な距離感は大事だ。


年始にいきなり社長の(せがれ)がやって来て、
課長という肩書きなので不満があるらしい。
とは、偉大なる先輩、丸井くんの偏見(へんけん)


課長という役職を与えられた俺には、
威厳(いげん)どころか肩書(かたがき)相応(そうおう)権限(けんげん)さえない。
しかし面倒なので誤解を解く気もない。


業務全体の仕事の流れを把握(はあく)するため、
阿畑(あはた)さんの仕事も確認しなければならないが、
その仕事はなんとも効率が悪くミスが多い。


「これ、修正()れですんで、
 阿畑(あはた)さんがちゃんと見直してください。」


「あぁ? なんで?
 パートに言っといたのに…。」


阿畑(あはた)さんは常にぼそぼそと
可聴域(かちょういき)ギリギリの音圧(おんあつ)
しゃべるので聞き取りづらい。


ほかの従業員は()れているそうだが、
読唇(どくしん)術の講座でも受けるべきか。


「いま言っている修正指示に、
 パートさんは関係ありません。
 僕は管理者の阿畑(あはた)さんに言ったんです。
 よろしくお願いします。」


「チッ!」


ぼそぼそした返事の代わりに、
よく聞こえる舌打ちをいただく。


阿畑(あはた)に間違いを指摘(してき)すると、
その都度(つど)言い訳を並べ、
パートに責任転嫁(せきにんてんか)をする。


彼には自身の認識の(あやま)ちを(ただ)し、
勤務態度を改めて貰うのが恒例(こうれい)となった。


同じことは何度でも言葉を変え、
相手に理解されるまで(ねば)った(ほう)がいい。


指摘して修正したはずの在庫の数字は、
阿畑(あはた)というクラウド事業者を(かい)すと
修正前に戻る同期(どうき)ズレが起き、
俺の残業の主な要因(よういん)ともなった。


社長は彼の尻拭(しりぬぐ)いを、
俺に押し付けたのではなかろうか…。


10年勤務していてあの様子では
解雇(かいこ)した方がマシな気がするが、
注意欠陥(ちゅういけっかん)などの可能性もあり、
馬鹿な俺でも気軽に()()みはしない。


採用した人事が悪い。
つまり専務か、社長になるが――、
現在の責任者は俺なので不問(ふもん)とする。


春が近づき会社が繁忙(はんぼう)期に入ると、
俺は忙殺(ぼうさつ)され阿畑(あはた)どころではなかった。


それでも通常業務時間は6時間と短いので、
徹夜(てつや)続きで夜逃(よに)げされた以前の会社とは
比べるまでもない優良(ゆうりょう)企業である。
悪徳企業に(だま)されていなければ…。


(いそが)しくとも仕事を覚えてくると、
効率(こうりつ)化を進める余裕(よゆう)ができる。


在庫の確認という阿畑(あはた)任せの仕事も、
入荷と注文・発送の状況から、
数値のおかしな点はすべてAI(エー・アイ)
評価させる仕組みをしれっと導入した。


こうした効率化は得意だが、
説明すると仕事が増やされるので、
誰にも広めないのが労働のコツである。


たとえ阿畑(あはた)に教えたところで、
知恵(ちえ)()()にはならない。


必要以上の面倒(めんどう)には関わりたくはない。
特にパートの中には、同世代で主婦もいる。
(やぶ)をつつくも同然(どうぜん)だ。


阿畑(あはた)阿畑(あはた)で、パートに指示を出し、
業務を管理する役目(やくめ)がある。


不可侵領域(ふかしんりょういき)だ。と、自分を納得(なっとく)させる。


利口(りこう)な過去の自分のおかげで俺は、
自分で自分の首を()めることになった。


 ◆ 03 専務の椅子 につづく