①
「...なんだよ、これ...?」
雨が降っていた。
激しい雨が、ごうごうとノイズの如く耳に入る。
目の前は血の海だった。
普段は組織の人間で賑わっているメインエントランス。
現実味の欠ける量の血液の溜まり。
むせ返る様な匂いでそれが現実である事を理解させられる。
先週、煙草の銘柄で気の合った上司が。
昨日、几帳面に整理された書類を上げてくれた部下が。
さっき飲み会の約束をした同僚が。
殺されていた。
いや、殺されたのかも分からない。
ただ。
ただ、ただ、死んでいた。
「...ハッ...ハッ...ッッ...ハッ...」
呼吸の仕方を忘れる程に思考が渋滞している。
故に何を考えるでもなく。
自然に足が動いたままに従うしかなかった。
ボス。
ボスならなにか知っているはずだ。
いや、なにかしてくれるはず。
ボス、ボス。
...親父!!
その時。
バンッ!!!
勢いよく扉が開き、白衣を着た目つきの鋭い男が部屋から飛び出してきた。
男は私を見ると、大股で歩み寄って来る。
「尾方! 無事だったか!」
男は私の知り合いで、組織の幹部兼研究員であった。
私は一縷の安堵に全身を支配され、涙を浮かべるのも忘れてエントランスの様子を男に話した。
「やはりそうか...アジトの緊急事態ブザーが突然鳴り響いてな。非戦闘員の俺は隠れて居たんだが、余りに自体が収束しないので出てきたのだよ」
ブザーが鳴り響いたのは20分ほど前らしい。
それは自分が買い出しに出かけたすぐ後のことだ。
気づけなかった自分に腹を立てながらも、人と話せたことで微かに心が落ち着きを取り戻して来た。
しかし。
「......」
何かに気づいた様にハッと立ち止まった博士は、微かに身体を震わせて言う。
「...尾方...分かるか?」
数瞬の安らぎすら許されなかった。
目の前の博士の身体に無機質な幾何学模様が走っている。
私がそれになんらかの反応を示そうとした瞬間。
「死とは、救いなんだ」
バン
そう言い残し、博士は木っ端微塵に弾けとんだ。
こびり付いた血を知覚すると狂ってしまいそうだったので、全力で無意識かに追いやった。
「...ハァッ...ハァッ」
思考すら億劫になるほどの感情の渋滞を押し留めながら、足に力を入れる。
揺れる視界でそれでもはっきり目的地を見定める。
ボスの部屋...
親父のところへ...
そうすれば、なにか、どうにか。
きっと。
しかし、その時は訪れた。
ズルリと背中に、巨大な蛇が這うような感覚が走った。
指先一つ、瞬きすら出来ない緊張感。
なにかわからない後ろのソレは。
語るでもなく私に語りかける。
『死を、思いますか?』
それは我が組織名にもなっている有名な言葉。
しかしそれは質問ではなく、脅迫の様な重みで私に降り懸かった。
これにどう答えようが、結果は変わらない。
どうしようもない結果だけが私の中で完結していた。
しかし。
それでも。
私は心の底から思ったことを、そのままに口にした。
「...死にたくない」
言葉は、か細く空気を揺らす事は出来たが。
結果を変えるには、遠く及ばなかった。
身体の奥深く、熱のように迸った死という概念は、瞬く間に私の身体を侵し。
私の意識は、暴力的に遮断された。
恐らく身体の断片的な一部として落ちた私の目玉は。
犯人の姿を鮮明に映していたが、それは脳に渡ることは無く。
瞳の奥底に記録ではなく陽炎として焼き付けられた。
記憶に無くとも引かれる様に。
記録に無くとも惹かれる様に。
そこに恨みは無くとも。
『その時』
近くに居られるように。
男の恩讐を知ってか知らずか。
『ソレ』は。
形ならぬ指先で幾何学模様の箱を撫ぜ。
男の向っていた奥の部屋に視線を運ばせた。
呟くでもなく。
空気が微かに震える。
『死を、思いますか?』
これは執念の根幹。
既に始まっていた男の物語の特異点。
とある男が問答したこの外付けの命題は、程なくして世界を迸る事になるが。
それは、もう少し先のお話。
さぁ諸君!
折角、読者になったんだ。
面白おかしい世界の終わりぐらい、見ておかないと損だと思わないかい?
ああ、大丈夫。
高尚な話になんかならないよ。
世界だって今際の際には。
「死にたくない」ぐらいしか言えないからさ。
きっと君のいい暇潰しになると思うんだ。
え? タイトル?
良くぞ聞いてくれました。
流行りそうもないでも俗っぽい良いのがあるんだよね。
それではご照覧あれ。
残されし者達の面白おかしい復讐譚。
『 残党シャングリラ 』
諦めないの先にある、ドロリとした人間性の物語。
「...なんだよ、これ...?」
雨が降っていた。
激しい雨が、ごうごうとノイズの如く耳に入る。
目の前は血の海だった。
普段は組織の人間で賑わっているメインエントランス。
現実味の欠ける量の血液の溜まり。
むせ返る様な匂いでそれが現実である事を理解させられる。
先週、煙草の銘柄で気の合った上司が。
昨日、几帳面に整理された書類を上げてくれた部下が。
さっき飲み会の約束をした同僚が。
殺されていた。
いや、殺されたのかも分からない。
ただ。
ただ、ただ、死んでいた。
「...ハッ...ハッ...ッッ...ハッ...」
呼吸の仕方を忘れる程に思考が渋滞している。
故に何を考えるでもなく。
自然に足が動いたままに従うしかなかった。
ボス。
ボスならなにか知っているはずだ。
いや、なにかしてくれるはず。
ボス、ボス。
...親父!!
その時。
バンッ!!!
勢いよく扉が開き、白衣を着た目つきの鋭い男が部屋から飛び出してきた。
男は私を見ると、大股で歩み寄って来る。
「尾方! 無事だったか!」
男は私の知り合いで、組織の幹部兼研究員であった。
私は一縷の安堵に全身を支配され、涙を浮かべるのも忘れてエントランスの様子を男に話した。
「やはりそうか...アジトの緊急事態ブザーが突然鳴り響いてな。非戦闘員の俺は隠れて居たんだが、余りに自体が収束しないので出てきたのだよ」
ブザーが鳴り響いたのは20分ほど前らしい。
それは自分が買い出しに出かけたすぐ後のことだ。
気づけなかった自分に腹を立てながらも、人と話せたことで微かに心が落ち着きを取り戻して来た。
しかし。
「......」
何かに気づいた様にハッと立ち止まった博士は、微かに身体を震わせて言う。
「...尾方...分かるか?」
数瞬の安らぎすら許されなかった。
目の前の博士の身体に無機質な幾何学模様が走っている。
私がそれになんらかの反応を示そうとした瞬間。
「死とは、救いなんだ」
バン
そう言い残し、博士は木っ端微塵に弾けとんだ。
こびり付いた血を知覚すると狂ってしまいそうだったので、全力で無意識かに追いやった。
「...ハァッ...ハァッ」
思考すら億劫になるほどの感情の渋滞を押し留めながら、足に力を入れる。
揺れる視界でそれでもはっきり目的地を見定める。
ボスの部屋...
親父のところへ...
そうすれば、なにか、どうにか。
きっと。
しかし、その時は訪れた。
ズルリと背中に、巨大な蛇が這うような感覚が走った。
指先一つ、瞬きすら出来ない緊張感。
なにかわからない後ろのソレは。
語るでもなく私に語りかける。
『死を、思いますか?』
それは我が組織名にもなっている有名な言葉。
しかしそれは質問ではなく、脅迫の様な重みで私に降り懸かった。
これにどう答えようが、結果は変わらない。
どうしようもない結果だけが私の中で完結していた。
しかし。
それでも。
私は心の底から思ったことを、そのままに口にした。
「...死にたくない」
言葉は、か細く空気を揺らす事は出来たが。
結果を変えるには、遠く及ばなかった。
身体の奥深く、熱のように迸った死という概念は、瞬く間に私の身体を侵し。
私の意識は、暴力的に遮断された。
恐らく身体の断片的な一部として落ちた私の目玉は。
犯人の姿を鮮明に映していたが、それは脳に渡ることは無く。
瞳の奥底に記録ではなく陽炎として焼き付けられた。
記憶に無くとも引かれる様に。
記録に無くとも惹かれる様に。
そこに恨みは無くとも。
『その時』
近くに居られるように。
男の恩讐を知ってか知らずか。
『ソレ』は。
形ならぬ指先で幾何学模様の箱を撫ぜ。
男の向っていた奥の部屋に視線を運ばせた。
呟くでもなく。
空気が微かに震える。
『死を、思いますか?』
これは執念の根幹。
既に始まっていた男の物語の特異点。
とある男が問答したこの外付けの命題は、程なくして世界を迸る事になるが。
それは、もう少し先のお話。
さぁ諸君!
折角、読者になったんだ。
面白おかしい世界の終わりぐらい、見ておかないと損だと思わないかい?
ああ、大丈夫。
高尚な話になんかならないよ。
世界だって今際の際には。
「死にたくない」ぐらいしか言えないからさ。
きっと君のいい暇潰しになると思うんだ。
え? タイトル?
良くぞ聞いてくれました。
流行りそうもないでも俗っぽい良いのがあるんだよね。
それではご照覧あれ。
残されし者達の面白おかしい復讐譚。
『 残党シャングリラ 』
諦めないの先にある、ドロリとした人間性の物語。