カラーズの逮捕から一週間後――

「お待たせしました」
 その言葉と共に提供されたのは本日のランチのメイン――鮭のムニエルだった。バターの香りが鼻孔から食欲を刺激し、味にも自信がある一品だが、それを目の前に浮かない表情の有栖がいた。
「ありがと」
「お疲れですね。現場復帰して大変ですか?」
「いや、まだ復帰してないんですよ」
「おや? 始末書がまだ書けてないとか?」
「いや、それはイチさん――あぁ、先輩に書かせたから大丈夫」
「なるほど、大丈夫ではなさそうですが解決はしていますね。では、何故、現場復帰していないのですか?」
「猫ですよ、猫」
 そう言って有栖は手を合わせて、いただきます、と小さく言うと本日のランチを食べ始める。メインのムニエルではなく、サイドの味噌汁を啜った。
「あぁ、あの猫探しは継続中ですか?」
「まぁ、もういいとは言われたんですけど気になりますからね。それに自分にとっては幸運の使者だから見つけたいんですよ」
 有栖なりにあの猫探しをきっかけにカラーズを逮捕できたように思っている部分があるのだろう。併せて、彼女の性格上、解決していないことが気持ち悪くも感じている。
「探し方が悪いのでは?」
「探し方?」
「闇雲に探すのではなく好物で釣るとか」
「好物か……魚とかチュールとか?」
 そう言って有栖は鮭のムニエルを箸でほぐすと口に運ぶ。それを食べた彼女の表情は幸せそうだった。
「魚で良いんじゃないですか? ここのところずっと、この店の裏で鮭を美味しそうに食べてましたし」
「へぇー、そうなんですか……は?」
 続けて白米に伸びていた箸を止めて、有栖は顔を上げる。それぐらいに先程の発言には違和感があった。
「高本さん……もしかして、この猫、見たことある?」
「俺は最初に見たことある、と言いましたよ」
 そう言って微笑むこの店のマスターの顔は今までに何人もの客を虜にしたものだが、有栖にとっては悪魔が悪戯をしたときに見せる笑顔に見えた。そんなことを思いながら、最初にスマホの写真を見せたときの会話を思い出す。
 有栖は大きくため息をつくと、笑顔、というより苦笑いを作って、一言だけ言い返す。
「……今日の夜は全て解決した祝杯に良い酒を開けるから準備しといてください」
「よろこんで」

(了)