「まぁ、俺としてもこっちの結末の方が良かったけど」
 閉店後、奉日本はテーブルを拭きながら独り言を呟いた。話し手も聞き手も自分一人だが、そうすることで思考は自然と循環する。
 奉日本の店を含む周辺は高良組の縄張りでもある。現時点では不当なみかじめ料等などなく、経営者の視点から見れば非常に運営しやすい。
 裏社会の縄張り争い、覇権争いには興味はないが無視はできない。奉日本は嬉々として悪戯に場を荒らすようなリスクは取らないが、川に小石を置くぐらいのことで流れが変わり、自分にとって利益があるのならそれぐらいのことはしてみせる――それが今回の場合、有栖が動き、ユースティティアがカラーズを逮捕することだった。
 とはいえ、意固地になって積極的にヒントや答えを口にして有栖を動かすような真似はしない。そんなことをすれば、裏社会では目立つし、奉日本の命も危ぶまれる。ただ、ちょっと相談にのるぐらい。それだけだ。
 仮にそれで有栖が動かず、警察が用意していた結末に至り、彼の店の周辺を縄張りにする管轄が代わったとしても、店を続けれるなら続けるし、無理なら畳むし、とそれぐらい楽観的でもあった。
「しかし、面白い人だな――有栖さんは」
 そう思うのは、有栖がトカゲの尻尾切りの尻尾を掴んだことだ。久慈は上手く尻尾であるカラーズを処理できて本体は無事だったと思っているだろう。警察は余計なことをされたと思っただろう。
 だが、今回、有栖は高良組を追っていたわけではない。警察の思惑に勘づいていたわけでもない。更にいえばカラーズ関係の調査をしていたわけでもない。
 黒猫を探していたのだ。全く関係のないことをしていたのに、彼女の行動が全てに影響を与えた。
 トカゲの尻尾切りに成功した、と表現したがトカゲを追っていて尻尾を掴んだわけじゃない。有栖が手を伸ばした先に尻尾があっただけだ。いきなり本体を掴んでいた可能性もあるのだ。
 もし、これが警察の根幹を揺るがす内容だったら? そんなことを想像してみると面白いし、あながち有り得ないとも言い難い。
「さて、謹慎が解けた彼女がまた何かを起こすかもしれないと考えると――楽しみですね」
 そんなことを想像し、奉日本は小さく笑った。