「悪い、悪い。怒るな、怒るな」
 一色はそう言って軽い口調で有栖に謝った。だが、彼の言ったことはあながち間違いではない。
 有栖の容姿は強気な性格が表れたような顔だが、間違いなく美人の部類に入る。だけど、そう思わせないようなくせ毛と剛毛の髪を後方で乱雑に結び、化粧も薄すぎるぐらいに薄い。もっとそこらへんを頑張れば化けるのに、と同僚から失礼なことを言われるぐらいに素材が良い。ちなみに二十四歳と若い。
 だが、今回、一色に指摘されたのは彼女の特徴でもあるその服装だ。彼女はシャツにネクタイ、スラックス。上に羽織るのは『この組織の』制服のジャケット、と男性のような服装だった。働くときには必ず。
「ほら、アドバイスしたるから機嫌なおせって」
「いいです。さっき言ったこと書きますから」
「差し戻されるし、説教されるで」
「イチさんにそう書けって言われましたって言います」
「勘弁してくれや。なんでもかんでも素直に書けばいいもんやないで」
「素直に書かなくていい資料って意味ないでしょ」
「こういうのは嘘でも相手が望む答え書いとけって社会の常識や。どうせ、欲しいのは形式上の反省した態度やし」
「嫌な常識ですね」
「せやね。でも、それだけでそれを作成する無駄な時間から解放されると思えば割に合うやろ」
「……はい」
「そうそう、納得せんで良いから俺の言うとおりに書いとけ。いくで――」
 有栖は自分の感情には蓋をして、一色の言った言葉をタイピングして白いフォーマットを黒く埋め尽くすことに集中した。