「初めまして、右京 縁(うきょう えにし)くん」
「あんた、誰だよ? というか、何で俺の名前を……」
 有栖達の声もその様子も、片耳で聞き取り横目で確認することが出来るな、と解ると奉日本は器用にバーの開店準備を進めた。
 右京、という青年は明らかに動揺していた。しかし、それは当然かもしれない。彼を呼んだのは一色楓だが、そこで誰が来て何の話をするのか、そこまで詳細に聞いていないのだろう。それはまた、一色楓が故意的に言わなかったことでもあった。
 それでも、右京がここに来たのは交際している彼女のお願いをあれこれと詮索せずに応えた……彼の優しさに過ぎない。
「自分は有栖。こういう者よ」
 そう言って有栖は名刺をテーブルの上を滑らすようにして右京に差し出した。かつて、奉日本も貰ったものでもある。右京は視線だけで名刺に記載されている彼女の所属する組織名――『ユースティティア』の名前を見て、表情を明らかに変化させた。目を大きく開き、有栖を一瞥すると、次に自分の交際相手へと顔を向ける。
「楓、お前……」
「ち、違うよ、縁。私は――」
 少し震えた右京の声からは裏切られた感情が容易に察することが出来て、それを否定するように一色楓は慌てて大きな声を出す。場は一気に混沌とし始めた。そこに、
「はーい、勝手に騒がない」
 有栖が二回手を叩き、場を沈める。
「色々話すことはあるんだけど、まず、楓ちゃんはキミを裏切ってない。キミのことは自分が偶然見つけただけ。そして、今、キミに起きている事態は大体把握している。今から話すことはキミの知らない事実と救いになる話よ。困ってるんでしょ?」
 有栖の真っ直ぐな視線と言葉に右京は戸惑いながらも、頷くしかないように、静かにゆっくりと首を縦に振った。それほど切羽詰まった状況なのだろう。
「じゃあ、話す――前に、ちょっと何か飲もっか。あー、当然、自分の奢りね。高本さん、注文しても良い?」
 張りつめた場の空気を壊すように有栖はくだけた感じで言った。突然の緩和に右京も楓も呆気に取られている。
「もちろん、喜んで」
 その緩んだ雰囲気に沿った笑顔を見せながら、奉日本はメニューを持って、近づいて行った。