「失礼します」
 そう言って、クローズの表示がされたドアを恐る恐る開けながら顔を覗かせたのは一人の女子高生だった。本来なら学校の時間帯だが、この日の為にサボったのだろう。誉められたことではないが、それを問題なく実施できる要領の良さが彼女にはあるのだろう。また、今日という日が大事な日だ、という認識も。
 彼女の名前は――一色楓(いっしき かえで)。以前、有栖が猫探しの為に見せてくれた写真に映っていた女子高生だ。その顔を認識した奉日本は笑顔を作り、
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
 そう言って、準備していたリザーブ席に案内して座らせると、一度カウンターまで戻り、グラスに水を入れて彼女に差し出した。
「ありがとうございます」
 そう言った彼女だったが、その様子はやはりどこか緊張しているように奉日本には見えた。

 リザーブ席の一つが埋まってから五分後。テーブルの上に置いた一色楓のスマホが振動し、静かな空間にその音を響かせた。数回で止まった様子から電話ではなくメッセージアプリの通知のようだ。彼女がスマホの液晶を見て、席を立つ。
「ちょっと、すみません」
 そう言って、彼女は席を立つと出入口のドアに近づく。そして、そこを開けると、
「あぁ、開いてたんだな」
 ドアの隙間から顔を出した彼女を見て、一人の青年が入って来た。どうやら、待ち合わせの場所はここだと解ってはいたが、ドアにクローズと表示されているので入って良いのか解らず、立ち往生していたようだ。
「いらっしゃいませ」
「は、はい……失礼します」
 奉日本の声に、その青年は気弱そうな声で返した。だが、その風貌は中肉中背でグレーのカットソーに紺のダメージジーンズ。髪型はウルフヘアーで色は緑、なので不良のように見えた。
 その青年は一色楓に手を引かれ、先程のリザーブ席に向かい合って座る。そこに奉日本は再び水を持って行った。その青年の分と、もう一つ――
「え? 一つ多いんですけど……」
 テーブルの上に置かれた三つのグラスを見て、青年は当然の反応を示した。だが、奉日本がそんなミスをするはずがない。必要だったから三つ置いたのだ。
 後方でがちゃり、と音がしドアが開く。そのタイミングの良さから外で二人が入ることを確認していたのだろう。そのまま真っ直ぐ、この席に向かって来ると一色楓の隣に――有栖がどしん、と座った。
 それを確認すると奉日本はリザーブの札を回収し、
「どうぞごゆっくり」
 そう言ってカウンターへと戻っていた。