その日、彼は――いや、その日も彼は一歩を踏み出せなかった。ここ数日間、おなじことを繰り返している。時間に余裕がないことも解っているけど、繰り返すしかなかった。
 何度も、何度も、その角を曲がったら自首をしようと思っていた。その気持ちに嘘はない。だけど、近づくにつれて覚悟が揺れる。大好きな人達の顔が浮かぶ。そして、足が止まる。
 彼はまたその日も振り返り、逃げるように来た道を戻る。
「あっ――」
 そんな彼の目の前を一匹の黒猫が横切った。