表の世界と裏の世界――その両方と接すると人間関係でトラブルが起こることも多い。奉日本は普段はそのような出来事を器用に避け、上手に処理をしてきた。本人に油断はなかったし、対策も充分にしていた……はずだった。どんなときでも、想定外で理不尽なハプニングは気まぐれに牙を向ける。それは彼にも同様に。
 奉日本はその、とある出来事で、自身の命も危うい事態にまで追い込まれることになる。実際にはすぐにそのような盤面にはならないが、頭の良い彼だからこそゆっくりと確実にそのような危機に向かう詰め将棋の手順が見えていた。当然、あらゆる最善手を尽くしたが時間を遅らせるだけで、結果は変わらない。断頭台の刃は確実にその冷たい刃を彼の首へと近づけていった。

 その状況で知り合ったのが――有栖だった。

 有栖が所属する組織がこのトラブルに関係した重要人物を確保する為に割り込んできたのだ。それが組織の指示だったかは解らなかったが、彼女の行動はまるで嵐で、詰め将棋が行われていた盤面をひっくり返し、断頭台をぶっ壊した。
 奉日本は彼女に助けられた形になり、その一部分だけを切り取ると彼は巻き込まれた一般人、というふうに見えたらしい。彼もその一般人になりきることで抱えていたトラブルも有栖が所属する組織が解決させた。

 奉日本はそこから有栖と知り合いとなった。お礼、という形でランチタイムの優遇をしている――が、そこには自身のトラブルを偶然とはいえ運命をねじ曲げるように解決した彼女に興味があったのも理由の一つだ。そのような人間は、得てして『何かを持っている』人間だ、というのが彼の経験上の持論だからだ。

 そのような出来事があってから、有栖は奉日本の店を利用し、マスターと客の間柄ながら他愛ない会話をする関係になった。
 有栖が元上司からセクハラという性被害を受け、一度辞めようとしたこと。
 けど、示談で終わらせてしまったこと。
 それ以降、彼女が男性用スーツを着るようになったこと――そんな話も聞いた。
 
 会話の中から奉日本は有栖の所属する組織――その特殊な組織の情報を得たりしている。それは繋がりを持ちたくても、なかなか持つことの出来ない貴重なものなので、結果的には彼にとって最悪のトラブルは、最高の形で解決した。
 そのことに奉日本は有栖に対して恩義を感じている。