「サングリア、一つ」
「相変わらず、可愛らしいお酒が好きですね」
「うるせぇ。マスターの店でしか頼めないんだから、ほっとけ」
 カウンターに座る久慈は奉日本の言葉にぶっきらぼうに返答する。
 以前、奉日本が久慈から聞いた話では組の者と飲むときは日本酒やウイスキーが中心らしく、本当は甘い酒やカクテルが好きな久慈は場の雰囲気を壊さないようにほどほどに飲んでいるらしい。そのことを高良組で知っている者は少ないらしく、そういった意味では自分の好きな酒を我慢することなく、楽しんでいる時点で奉日本の店は久慈のお気に入りであった。
「すぐに用意しますね」
 奉日本はそう言って丸いグラスを準備し、そこにチェリー、ラズベリーを水で洗ってから数個入れる。シロップを混ぜ合わせて、軽く潰したミントの葉を添えた。そこにロゼワインを注ぐ。鮮やかで美しい赤いサングリアが出来上がると、奉日本は久慈に差し出す。
「どうぞ」
「あぁ、ありがとう」
 出されたサングリアを久慈は一口含むと、香りを楽しむように舌で転がすようにゆっくり飲んだ。既に閉店の表示をしている店内は当然ながら久慈以外の客はいないし、誰かが来る様子もない。それを解っているからこそ、久慈は出された酒と中に入ったフルーツもじっくり味わっていた。
 グラスの中身が半分ぐらい減ったところで、奉日本が尋ねる。
「それで愚痴って何ですか、久慈さん」
「あぁ、ちょっと面倒なことがあってな。その処理でストレスが溜まってんだ。まったく、若い奴らってのは楽に金儲けしたがりやがる……」
 久慈はグラスの中身を減らしながら、自分が抱えるストレスを奉日本に何の抵抗もなく吐き出していった。