夜は一層に更けて閉店間際の店内には一人の女性がカウンター席で酔い潰れていた。
「有栖さん、飲み過ぎですよ」
 この店のマスターである彼は優しく声をかけた。
 カフェからバーへと切り替わった店内は少し薄暗くも暖色のライトが灯り、ムードのある雰囲気を創り出している。
「飲まなきゃやってられませんよぉ」
 呂律の怪しい言葉でそう言うと彼女はグラスに残っていたウイスキーを一気に飲み干す。昼にも来た彼女が夜にも来て、そんなにも強くない酒を飲んだのはストレスからだった。
「あんなに山ほど事務処理させて……普段はあんなにないのに。パワハラですよ、パワハラ」
 あぁ、酔ってるな、と確信できるぐらいに有栖は同じことを言っていた。身体を動かすことの方が得意な彼女にとって謹慎処分はただでさえストレスにも関わらず、彼女の上司は嫌がらせで普段以上の事務仕事を与え、ストレスの増加は加速、結果的に酒で発散に至る。
「けど、今日頑張ったから明日は昼からは外回りなんですよね」
「猫探しだけどね」
「事務仕事の気晴らしにはなるでしょう」
「そうね……明日に響かないように今日は切り上げます」
「そうですね」
 もう手遅れのような気がしながらも、この店のマスターらしく彼は優しく微笑む。

 その後、彼は有栖に水を差しだし、それが飲み終わるまでにタクシーを呼んだ。手配したタクシー会社が店へのアクセスが良いので五分ほどで店の前に到着した。
「ありがとう、高本さん。また来ますね」
「はい、ありがとうございました」
 有栖がそう言って店から出るのを高本――いや、奉日本(たかもと)は微笑んで見送った。彼女の呼んだ偽名の音を確かに聞きながら。