彼は洞窟の中で、嫌な空気を感じとった。
【まタ来たカ】
 短く言って、彼はヒュンと姿を消した。

 彼は洞窟の中を、静かに進んでいった。
 10米程進んだところに、沢山の着物や武器が堆く積まれている。皆、彼を倒そうとした者が持っていた物だ。
 一番上に、あの少年の羽織と薙刀が置いてある。
 彼は別に、自分を倒そうとした者の持ち物を、好き好んでかき集めるような変わった趣味を持っているわけではない。ただ、その辺に捨てれば怪しまれる為に隠し持っているだけだ。
 今日もまた、この「いらない収集物」が増えるのだろうか。
 そう考えて、彼は小さく溜息を漏らした。

 声が聞こえた。
 少女のようだ。微かに、獣の唸り声も聞こえる。彼は、フウと術を放って気配を消した。
 数分後、少女と獣が1頭ーーオオカミのようだがーーが、洞窟に歩いてきた。
 彼は気配を消している為、普通の獣であっては音も匂いも感じ取れないはずだ。しかし、少女がその唐紅の瞳のオオカミの方を見ると、オオカミはくんくんと空気の匂いを嗅いだ。
 真っ直ぐ彼の方を見た。
 何故、といったところが正直な感想だ。
 気配を消して、獣でも人でも感じ取れないはずの彼の匂い、気配を、この唐紅の瞳と純白(じゅんぱく)の毛を持つオオカミは感じ取ったのだ。
 此奴は、何かが違う。
 彼はそう直感した。

 少女は首を巡らせて、辺りを見回してから、独り言のように呟いた。
「さてさて、始めるか」
 刀をすらりと引き抜いた。
 一つ息をついてから、少女は凛とした声を上げた。
「どうした?出てこいよ」
 少女が挑発するように笑った。
 彼は意外にも、あっさりと少女の前に姿を現した。
【隠れラれたと思ッたンだけどナぁ】
「バレバレ。残念だったね、これで隠れられると思ってたんだ。そうか、今まであんたよくやられなかったね」
 尋常じゃない殺気に、彼は違和感を覚えた。
【俺とオ前、前に会っタこトあったカ?】
「あるわけないでしょ」
【ジャあなんで俺を知っテいる?】
「おっと、顔に出てた?」
 少女は吐き出すように笑った。
「1週間ぐらい前かな、あんたに同期殺されたんだよね」
 あの少年のことだ。
「それで、引き継ぎ命じられたから任務遂行に来ただけだよ」
 少女が言い終えるのを待たずに、隣にいた唐紅の瞳をしたオオカミが、頭を思い切り反らせて口を開けた。
 ウオーッと、力強い咆哮を空に響かせた。
 空気がびりびりと震える。
 少女が、ヒュウと息を吸い込んで、左足で地面を蹴った。
 彼も臨戦体制になる。
「いーち」
 少女が小さく数を数え始めた。
「にーい、さーん」
 少女の目に妖しい光が灯るのが分かった。
「よーん、」
 彼は防御体制になった。
 これは、ただの攻撃ではない。
 少女はまるで舞を舞うかのように、羽のようにフワリと舞い上がった。
「ご」
 その声が聞こえた時、彼女の姿は忽然と消えた。
 彼は戸惑いを隠しきれなかった。
 数を数えていた時、少女は空中にいた。そこから更に加速して跳躍することなど、不可能に近い。

 ヒュン、と空を斬るような音が彼の真後ろに響いた。
「遅いね、こんなもんか」
【何ヲ言う】
 彼は目を見開いた。
 ざくりと音がした。少女の刀は、しっかりと彼の頭を貫いていた。
「何をって。言ったでしょ、あんた遅いんだもん。だから負けるんだよ」
 彼の返り血を浴びた少女が、にやりと笑っていた。