目を開けた。
 はぁ、と息を吐いて、彼女はゆっくりと起き上がった。
「またか」
 苦々しく笑った。まだ心臓がどくどくと鳴っているのが分かる。
《どうした?》
 狼鬼の声がして、彼女はやっと落ち着きを取り戻した。
「ん、別に。昔の夢」
《そうか、咲羅(さくら)の?》
 狼鬼は、彼女の一つ下の妹の名前を出した。
「うん」
《そうか》

 彼女は、11歳で母親を病気で亡くしてからは、父親に育てられた。
 兄と、姉と、妹と。母親を亡くした喪失感は拭い切れなかったものの、家族みんなで支え合って生活していた。
 それが、ずっと続けば良かったのに。
 彼女は今でも、時々そのことを思い返す。
 彼女が12歳の時、悲劇が起きた。
 家が妖に襲われ、父親と兄と姉の3人が、帰らぬ人となったのだ。
「姉ちゃんが良いって言うまで、出てきちゃ駄目だからね」
 泣き出しそうな笑顔で姉はそう言った。あの時、姉は自分が妹たちに会うのは最期になると気づいていたのだろうか。そのことを思うと、胸が掻きむしられるように痛んだ。
 姉によって押入れの中に隠された彼女と妹は奇跡的に無事だったものの、2人は深い闇の中に突き落とされたような感覚を味わっていた。
 それから2人は、自分達と同じ思いをする人を減らしたい一心で、何処かで聞いたことのある、妖の討伐術を教える「先生」のところへ行き、「人を守る為に生まれた」オオカミ達に出会い、修行をして、組織に入った。

《最初は同期の人数、お前含めて3人だったんだよね?》
 狼鬼の声で我に返った。
「うん、咲羅がいたからね」
 彼女は頬杖をついて、はぁと息を吐く。

 あれは、確か、組織に入って4ヶ月ぐらい経った頃に入った任務だったと思う。
 広い山の中に複数の妖がいて苦労したのだ。
 山の中で、刀を握って戦っていた彼女は、山の反対側で戦っていた妹の、微かな声を聞いた。
《  姉、助けて》
 ひらりと身を翻して、彼女は一緒に戦っていたオオカミ6頭と共に、妹のところへ向かっていった。

 そこは想像を絶する光景だったと、彼女は回想にふける。

 妹が連れていた6頭のオオカミは瀕死の重傷を負って倒れていて、妹が妖に拘束されていた。妹が持っていたはずの刀はぱきりと折れて地面に転がっている。
「咲羅!」
「  姉!」
 ぱっと輝いた妹の顔が緋色に染まったのは、彼女が妹の腕をしっかりと掴んだ瞬間だった。
「咲羅......?」
 呆然と立ちすくむ彼女の前には、妖に心臓を突き抜かれ、変わり果てた姿の妹があった。
 妹の血を拳から滴らせ、それを丁寧に舐め取りながら、妖が彼女に話しかけた。
【君、この子の血縁かな。随分怒ってるみたいだけどね、大丈夫、俺、この子のこと、残さず綺麗に食べてあげるから】
 彼女は目を見開いた。ヒュウと音を立てて息を吸い込んだ。
「死ね」
 ビキ、と音がして、彼女の額に青筋が立った。
 それからのことは、彼女自身もよく憶えていない。
 ただ、気がつくと、彼女は妹を殺した妖を、まるで拷問のようにボロボロにして殺していた。
《  、大丈夫か......?》
 小さくオオカミの声がした。
 ぐらりと体が大きく揺れて、彼女は血みどろで地面に崩れ落ちた。