彼は、彼の主人と出会ったばかりの、あの千歳という幼女が、店から出てくるのをぼんやりと眺めていた。
 あの後、「さっきのお礼」と言って、彼の主人は、千歳にお菓子か何かを買って渡したらしい。
《なぁ、 、本当に死んじゃったのか?》
 上を見ると、悲しそうな顔をして、勝が木の上から彼を見下ろしていた。その隣で、煌も同じようにしょんぼりしている。
《実際に見てないからわかんないけど、本当じゃないか?隼で、上から手紙まで来たんだから》
 彼が声を落として答えると、ますます悲しそうな顔をして勝が呟いた。
《そうだよね......》
「ごめん、待たせたな」
 彼の主人が、彼の目の前に立っていた。主人は、右足の膝から下が最終決戦の際に欠損した為に義足を履いているものの、それ以外は日常生活に著しく影響を与えるような障害はない。
「お姉さん、これから何処行くの?」
 主人の足元に立っていた幼女が、無邪気に尋ねる。
「そうだなぁ、とりあえず、引き継いだ任務遂行しに行くかなぁ」
 主人は伸びをしながら軽く答えたものの、身体が強張っている。妖に大事な仲間を殺されて、どうしようもないほどの怒りを抱えていることを、彼は痛いほど理解していた。
「そうなんだ、大丈夫?頑張ってね」
 幼女が、主人と彼らオオカミに向かって優しく声を掛けた。
「うん、ありがとう。千歳は?1人で帰れる?」
「うん、大丈夫。ありがとうっ」
 ぶんぶんと手を振って、幼女は彼らと主人の元から去っていった。

「さてさて、行くか。おいで」
 主人が彼らに声を掛け、かつん、と音を立てて歩き出す。
 彼らは立ち上がると、ゆっくりと主人の後をついて行った。


「お客さん、ここしかないんだけど、大丈夫?」
 彼の目の前にいる女性が、主人に向かって申し訳なさそうに言う。
「全然大丈夫です、ありがとうございます。いきなり来たのに、此奴まで入れて頂いて」
 主人が明るく返事をして、足元に伏せていた彼を見ると、女性も彼を見て目を細めた。
「こんなに小さかったら、全然問題ないわよ。ゆっくりしていってね。」
「はい、ありがとうございます」
 主人が深々と頭を下げた。

《こんな所でぐだくだしてて良いのかよ?》
 彼が少し苛々したように夕飯を食べる主人にぼやく。
「なんだよ、山まで何日も徹夜で歩けって言うのか?いきなり来たのに泊めてもらえて、ご飯頂いて、お前まで入れてもらえるなんてありがたい限りでしょ。」
 主人が悪戯っぽく笑って、彼に返す。
《そりゃあ宿なんだから泊めるだろ、仕事なんだし。俺まで入れてくれたのはいい意味で予想外だしありがたいけど》
「けど?」
《煌と勝は入れてくれなかった》
「あの大きさのオオカミ入れられるのは家畜小屋ぐらいじゃないか?彼奴ら、てか普段はお前もだけど、屋根の上で寝てるじゃん」
《今回含めて、一回も私のオオカミお宅の屋根の上で寝かせて良いですかって交渉してるのは見たことないけど》
「交渉したところで断られるからこっそり屋根の上に行かせてるんだよ」
《  、タチ悪いな》
「あ?」
《うっわ、ごめん》

 彼と主人は軽やかにやり合いながら、小さな宿屋で朝を待っていた。