ありえない。

 彼女は、膝に額を押し当てて、真っ暗な闇に突き落とされたような感覚を味わっていた。同じことを、ぐるぐると考え続けている。

 彼奴が、死んだ......?
 妖の、残党と戦って......?
 ありえない。
 ありえないありえないありえない。
 絶対にない。
 だって、彼奴は、生きてたじゃないか。
 1週間前に、単独任務に行くからって、「またな」って言って元気に歩いて行ったじゃないか。
 でも、でも。もし万が一、報告が本当だったなら。 
 さっき聞こえてきた、
《  、ごめん、俺、無理かも》という言葉。
 あれは。
 彼奴の声......?

 上手く息ができない。
 何も見えない。
 身体が、動かない。
 背中に冷たい汗が流れていく。
 頭が、背中が、ずきずきと痛み始める。
 まるで別の生き物みたいに震える自分の手に、私は恐怖すら覚えた。
 自分の、心が、身体が、どうなっているのかが全く解らない。
 私、眠っているのかな?
 起きてるのかな?
 いま、わたしは、
 明るい光の中にいるのかな?
 それとも、闇の中にいるのかな?
 私はいま、誰かに願っている。
 お願い、誰か、私に。
 声を掛けて、寄り添って。
 話しかけないで、そっとしておいて。
 どっちだろう?
 私は誰に、何を願っているんだろう?
 何をして欲しいんだろう?
 ただ、誰かに、何かを願っているのは解った。
 自分の心臓の音だけが、馬鹿みたいに耳の中に響き渡っている。
 冷たい何かに心臓を掴まれたような、気色の悪い感覚が広がった。

 彼奴が、死んだ......?





 何分経っただろうか。
 分からない。
 5分ぐらい?1時間かな?

「お姉さん」
 声が聞こえて、小さな手が背中に触れた。
「大丈夫......?」
 優しい声が聞こえた。
 何故だろうか、手紙を見てから今まで、頭の中でぐるぐる同じことを考えていたけど、涙なんて出なかったのに。
 急に目の前が真っ白になって、雫が頬を伝った。
 掛けられたのはたった一言だった。でも、知らず知らずのうちに我慢していた何かが、崩れるのが分かった。

 口を開けた。
 悲痛な叫びが、彼女の口から漏れた。
「 」
 名前を呼んだ。
 届くことはなかった。
 でも、背中に、温かい手が触れていた。

 嗚呼、そうか。
 私は。
 私は、誰かに。
 寄り添って欲しかったのか。


 陽の光を感じた。
 気色の悪い感覚が、太陽に干されて乾くように、涙と一緒に流れていくように、みるみるうちに消えていった。