空高く、鳶が飛んでいるのが見える。
 彼女は、道端に座り込んで、それを眺めていた。
《  、なに見てるの?》
 彼女の耳に、横から声が届いた。
 彼女の隣に、人の姿はない。
 ただ、白い毛と唐紅の瞳を持つ、比較的小さな犬が一頭、伏せているだけだ。
 彼女は驚く様子もなく、平然と答えた。
「とんびがいるんだ。あれ、見える?」
 犬も空を見上げて、眩しそうに目を細めた。
《あの、上の方飛んでる鳥?》
「そう、それ」
《ふぅん、鳥も良いけどさ、  、早く行こうよ。俺、いい加減走りたい》
 彼女は、顔を隠している白狐面の鼻先を犬に向けると、ふふ、と笑った。
狼鬼(ろうき)は、そればっかり。
でも、そうだね、行こうか」
 右足の義足を支えながら、彼女がゆっくりと立ち上がる。
 おいで、と彼女が声をかけると、唐紅の目をした犬──狼鬼が立ち上がり、彼女のあとをついていく。彼女が座っていた向かいの店、その屋根の上にいた大きい2つの[何か]も、のっそりと立ち上がり、彼女と狼鬼が歩いて行った方向に向かって、屋根を伝い、跳ねるように走っていった。

 彼女と、狼鬼と、大きな2頭は、町を抜け、山の麓まで来ていた。
「さて、もう良いよ、狼鬼。大きくなっても」
 にこやかで柔らかい印象の白狐面によく似合う、柔らかい声で彼女が言った。
《やったぁ》
 するすると妙な音を立てて、みるみるうちに[小さい犬]は、少女の肩の高さと同じくらいの体高の、[オオカミ]になった。
《ねえ  、走っても良い?》
 狼鬼が彼女に聞く。
(かつ)はどうなんだ?」
 彼女は後ろを振り向き、大きな2頭に向かって首を傾げた。
《走りたい!!》
 答えたのは、茶色い毛に若苗(わかなえ)色の瞳を持つオオカミ。他の2頭と比べて少し小柄で、左の後脚が踵の少し上から欠損している。しかし、目を輝かせ、笑顔を浮かべる姿は、なんだか愛着が湧く。
(こう)は?」
《みんなが走るなら》
 静かに答えたのは、黒い毛と綺麗な(あま)色の瞳を持つオオカミ。右の耳が垂れているからか、近寄りがたい雰囲気の中に、少し柔らかい印象がある。
「よし、じゃあ、走ろう。煌、乗せて」
《応っ》
 煌が元気に答え、彼女が漆黒の背中にひらりと飛び乗る。
《よしっ、じゃ、しゅっぱーつっ!》
 勝が楽しげに、真っ先に駆けていく。
 その後を狼鬼が追い、一番後ろから煌とその上に乗った彼女が走っていく。
 3頭と1人は、転がるように山へと入っていった。

 狼鬼と煌、そしてその上に乗る彼女は、その山を走る一本道を、勝を追いかけて進んでいった。
《待って!どっち行ったら良い⁉︎》
 そこから、恐らく数十(メートル)外れた辺りから聞こえてくる勝の困ったような声を聞いて、思わず2頭と1人はそろって大声をあげた。
「《 ええぇーーー! 》」
 アイツ、自分から道を外れて迷子になったって言うのか。
 勝の無垢な瞳と馬鹿さには、本当に気をつけないと。そう思いながら、彼女は小さく笑うのだった。