桜が舞う中を、彼女はオオカミ達と一緒に静かに進んでいった。
《  、どこまでいくの?》
 勝が訝しげに彼女に尋ねる。
「もうちょっと。随分奥に居るんだな、彼奴ら」
《うーん、確かに遠いな》
 煌もうんざりしたように呟く。

 彼女と煌が「最後の一体」を倒した後、妖の被害も目撃情報もぱたりと途絶えた。3ヶ月の調査期間が過ぎ、やっと正式に「妖は消滅した」という報告を受けて、彼女たちはここにやってきた。

《これか?》
 狼鬼が独り言のように呟く。
「うん、そうだね」
 彼女たちが立つその前には、2基のお墓が建っていた。
 左側の墓石には咲羅の名前が、右側の墓石には同期の彼の名前が彫られている。
 持ってきた切花を2基のお墓それぞれに生けてから、彼女は長いこと手を合わせていた。

《同期のお墓って並んで建ってるものなのか?》
 顔を上げた彼女に、煌が尋ねる。
「いや、そんな決まりは無いと思うけど。2人が寂しがるからじゃない?2人ともなかなか寂しがりだし」
《  、2人にぶん殴られるぞ》
 狼鬼が笑いながら言った。

 桜がひらひらと舞い散るのを、彼女たちは長いこと眺めていた。
「ああ、綺麗」
 彼女の口から零れ落ちた言葉に、オオカミ達は驚いた。
《  、いま、》
 戸惑うオオカミ達を見て、彼女は不思議そうに眉を顰めた。
「何か?」
《いや、  さ、咲羅がやられた後、桜の絵見るだけでも混乱状態に陥ってたじゃん、あん時は が落ち着かせてなんとかなったけど》
「そういえばそうだったね」
 彼女が悲しそうに笑った。
「でもまぁ、咲羅はさ、 もだけど、いつも明るくて、楽しそうだったでしょう?だから記憶に蓋をするんじゃなくて、いつも楽しく思い出してあげたいなってさ、思って」
《ふぅん》
 オオカミ達は嬉しそうに相槌を打った。
「何だよ、ニヤニヤして」
 彼女が拗ねたように声を尖らせる。
《別にぃー》
 オオカミ達は揃ってしらばっくれると、勢い良く立ち上がり、たかたかと仲間達の方に走って行った。
 彼女はちらと桜を見上げて、静かに立ち上がった。
「おーい」
 不意に、彼女の耳に、懐かしい声が響いた。
「 ......?」
 彼女が驚いたように目を見開いた。
 何も見えない。ただ、懐かしい、暖かい声はそのまま彼女の中に優しく響いた。

「先に逝っちゃってごめんな。
妖、今度こそ消滅したって?良かった。
生き残ったお前にはさ、これから楽しいことがいっぱいあるだろうし、辛いこともあるかもしれないけど、沢山のこと経験して、俺たちにお土産話どっさり持ってきてよ。楽しみにしてるから。ハル、お前は思いっきり生きてからこっち来いよ。」

 彼女の瞳がゆらゆらと揺れた。
 静かに白狐面を外すと、ぐいと頭を上げて、空を見上げる。
 彼女はふっと微笑んだ。
 涙が一筋、零れ落ちた。
「そうだね、ありがとう、(ひろ)
 まるで憑き物が落ちたかのように、彼女は心からの笑顔になった。

《ハル、何泣いてんの、楽しく思い出してあげるんじゃなかったのー》
 勝の声がした。
「泣いてないよ」
 彼女が鼻を啜りながらぼそぼそと呟く。
《俺たちさ、いまそこで咲羅とお話したんだよ》
 煌が嬉しそうに尻尾を振った。
「そっか、咲羅はそっちに行ってたんだね」
《ハルも誰かと話してたのか?》
 うーん、と彼女は少し考えるような素振りをして笑った。
「内緒」
 ええーっ、とオオカミ達は一斉に不満げな声を上げた。
《何でよ!》
「内緒にしときたい話ってあるでしょ、はいはい、そろそろ帰るよ」
 彼女が煌の背中に飛び乗って走り出しても、オオカミ達は彼女にしつこく質問を浴びせた。
《大した内容じゃないだろ、教えてよ》
「大した内容じゃなくても!」
《え、じゃあせめて誰と話してたか》
「駄目ーっ」
《ケチーッ》
 ははっ、と彼女は軽やかに笑った。
 嗚呼、と思う。
 空を仰ぎ見たい気持ちになる。
 平和って、こういうことなのかもしれないな。
 どうでも良いことでやり合って、くだらないことで笑い合える。
 あと、8年間。どこまで生きられるかは分からないけど。
 寂しさや悲しさに押しつぶされそうになることもきっとあるだろうけど。

 とりあえず、なんとか楽しく生きていこうかな。


 びゅうと風が強く吹いて、花吹雪が舞った。
 軽やかに走っていく彼女たちの後ろ姿を、楽しそうに見守る2人の姿が、春の光の中に見えた気がした。