「千歳!大丈夫、生きてる⁉︎」
主人が大きな声で、見覚えのある幼女に呼び掛けた。
幼女は──千歳は、何も言わなかった。ただ、その涙を浮かべた小さな瞳に、再び光が灯っていくのを、彼は確かに見ていた。
「遅くなっちゃってごめんね。勝、狼鬼、千歳頼める?」
《了解》
彼と狼鬼が返事をして、千歳と妖の間に立つ。
主人はヒュウと息を吸い込むと、先に走って行った煌を追って、妖に向かって行った。
彼は、しっかりと頭を上げて目の前の戦いを見守っていた。
「ねぇ、かつ」
震えた細い声が後ろから聞こえて、彼は振り向いた。
「なんでわたしがここに居るって分かったの?」
《 が千歳の声聞きつけたからだよ、それで俺たちも一緒に来た》
千歳はハテナ顔で彼を見た。
「わたし、声出してないよ」
狼鬼も会話に入ってきた。
《心の中で、助けて的なこと言ったんじゃねぇの?》
あ、と千歳が呟く。
「言った......」
《俺たちも心の声は聞こえないからさ、良かったよ が聞き逃さなくて》
《うん》
「うん」
狼鬼と千歳の声が揃った。
「お姉さんはこうと2人で大丈夫なの?」
《いや、あれどう見ても雑魚だし大丈夫だろ》
《狼鬼、雑》
「ザコなの、アレが⁉︎」
《うん》
彼らが話している間に、主人と煌は木々の間を縦横無尽に走り回って妖を錯乱しながら追い詰めていった。
主人がもう一度ヒュウと息を吸い込んで、地面を蹴り上げた。
煌が妖に飛びかかると、唸り声をあげながら首筋に喰らいついた。
【お願 、殺さな で】
妖の悲鳴に近いような、途切れ途切れの叫びが聞こえる。
「あなたはさ、一度でも、人を殺して、罪悪感を感じたことがある?」
主人は空を斬りながら妖に訊く。
妖が黙り込んだ。
心の中で、何か言ったのだろうか。彼には残念ながら解らなかった。
「そうだよね。だったら私はあなたを倒さなくちゃいけない」
白狐面に貼り付いた笑顔に、さっと影がよぎった。
「ごめんね」
生々しい音が辺りに響いて、主人の刀は妖の心臓を貫いた。
主人の瞳は、哀しそうな光を宿して揺れていた。
妖が霧のように消えていくのを見届けてから、主人が彼らの方に駆け寄ってきた。
「大丈夫⁉︎」
「うん」
《怪我もないみたいだよ》
彼が言うと、主人が安心したように肩の力を抜いた。
「お姉さん、ありがとう、わたし......わたし、食べられちゃうかと思った」
再び涙を浮かべる千歳を、主人は優しく抱きしめた。
「良かった......今回は、間に合って」
昇ってきた月の優しい光が、彼らを照らしていた。