彼は妖の周りを駆け回って相手を錯乱させながら、胸に宿る一抹の不安が少しずつ膨れ上がっていくのを感じていた。
《かなりギリギリって感じだな》
彼が隣を見ると、同じように狼鬼も険しい顔をしている。
煌も気にせず走っているように見えるが、先程からちらちらと主人の方に視線を走らせている。
【ドうシた?動キが鈍くナっテルぞ】
妖がいつの間にか目の前にいた。衝撃波が放たれる直前に、彼と狼鬼は数米後ろに飛び退った。
ほんの少し前まで彼らが立っていたはずの地面は、すり鉢状に抉れている。
《あとちょっとでも逃げ遅れたら詰んでたな》
彼はふぅと息を吐いてからぼそりと呟いた。
彼が前方に目を向けると、少し先で主人が妖とやり合っているのが見えた。
互角、と言いたいところだが少し主人が押され気味だ。
彼と狼鬼は煌と並び、素早く妖の後ろから牙を剥いた。彼は妖の脚、煌は肩、狼鬼は腕にそれぞれ噛みついて唸り声をあげた。その瞬間に、主人が刀を振り上げ、妖の胸の辺りに刀を突き立てる。妖が口を開けた。
《いけるな》
煌がにやりと笑った。
彼も、少しずつ妖の動きに慣れ始めた。主人がもう一度、ヒュウと息を吸い込む。
いける──そう思った瞬間、主人が忽然と彼の視界から消えた。
《 ?》
狼鬼の緊迫した声が彼の耳に届いた。慌ててきょろきょろと辺りを見回す。妖が口の端を持ち上げた。
ようやく状況を理解した。下だ。主人が地面に倒れているのだ。
湿った咳の音がして、地面が緋色に染まっていくのが見えた。主人の血の匂いが彼の鼻に一気に流れ込んでくる。
主人の使う舞は、速度も十分、技の精度や強さも申し分ない。ただその分、舞を舞う本人は多くの酸素を必要とする為、呼吸器系に大きな負担がかかる。主人はもう3年以上この舞を使っているので、主人の身体は一度に何回も舞を舞われたらたまったものじゃない。
その限界を越えたのだ。
妖が楽しそうに笑って、衝撃波を放つ。狼鬼が主人の服を咥えて逃げていくのが、土煙の向こうに薄ぼんやりと見えた。